建築をつくっているものは、石や木、コンクリートやガラスだけではありません。
光が入り、風が抜け、人が歩き、水が流れる。 朝と夕方では太陽の角度が変わり、同じ空間でも光の色や影の形は変わっていきます。
私たちは建築の中に入ったとき、ときとして図面には描かれていない「何か」を感じます。
なぜか落ち着く場所。
自然に人が集まる場所。
歩いていて気持ちのよい場所。
反対に、なぜか長くいたくない場所。
その違いは、どこから生まれるのでしょうか。
ここでは石そのものから少し視野を広げて、 建築の中を流れる「見えるもの」と「見えないもの」について考えてみます。
建物は動かない。しかし、空間は動いている
柱も壁も床も、完成すればその場所に留まります。
しかし、その中を通るものは絶えず動いています。
太陽。光。影。風。水。熱。音。そして人。
さらに建築の外側へ目を向ければ、 空、大地、地下水、地形、植物、道路、都市へとつながっていきます。
建物だけを切り取って見ていると静止しているように見えますが、 もっと大きな環境の中から眺めれば、建築はさまざまな流れの交差点に存在しているとも考えられます。
天・地・人――建築を取り巻く三つの領域
古くから東洋には、世界を「天・地・人」の関係から捉える考え方があります。
人は天と地の間に立っています。 そして建築もまた、その場所につくられます。
上からは太陽、風、雨を受けます。 下には地盤や地下水があります。 周囲には山や川、植物、道路、隣の建物があります。
つまり建築は、単独で存在している物体ではありません。
空・地表・地下という三次元の環境の中に存在しています。
資料では、この空間を 「スカイチー」「グランドチー」「マグネティックチー」 などの言葉で表しています。
スカイチーは天から地上へ関わる領域、 グランドチーは地形や地盤、水など大地側の領域、 マグネティックチーは大地や磁気との関係を考える領域として描かれています。
これらを現代科学における電磁波や地磁気などと、そのまま同一視することはできません。 ここでは、建築を取り巻く環境を立体的に考えるための一つの空間モデルとして見ていきます。
空間には、さまざまな「流れ」がある
川には流れがあります。 風にも流れがあります。 人が歩けば、そこには動線が生まれます。
太陽は一日の中で位置を変え、 建物の中に入る光の方向も変化します。
雨は屋根から地面へ落ち、敷地の低い場所へ集まり、 さらに道路や河川へとつながっていきます。
それらを一つ一つ別の現象としてではなく、 空間を通過する「ストリーム=流れ」として見てみます。
大地から都市へ。
都市から敷地へ。
敷地から建築へ。
建築から室内へ。
規模は変わっても、それぞれは完全に切り離されたものではありません。
「纏(まとい)」――流れを空間へまとめる
今回の資料には、繰り返し「纏(まとい)」という言葉が登場します。
ここで興味深いのは、 自然、建築、人、光、色、形を別々のものとして扱うのではなく、 一つの空間としてまとめて考えようとしていることです。
自然の中では、形は単独で存在していません。
木は太陽へ向かって枝を伸ばし、 根は水や地盤の条件に応じて広がります。 川は地形に沿って曲がり、 風は山や建物によって方向を変えます。
形は、その周囲にある条件との関係から生まれています。
建築についても同じように考えれば、 形だけをつくるのではなく、 その場所を通るさまざまな流れを受け止めながら空間をつくる という考え方が見えてきます。
流線は、建物の中へ入っていく
人間もまた、空間の中を流れる存在です。
玄関を入り、ホールへ進み、階段を上がり、廊下を通って部屋へ向かう。
しかし、人は単純に最短距離だけを歩くわけではありません。
明るい場所へ向かったり、 景色が開けた方向へ目を向けたり、 何か興味を引くものがあれば立ち止まったりします。
人の流れは、空間によってつくられ、空間もまた人の流れによって意味を持つ。
自然の形と建築の形――相似象
一本の木を見ると、幹から太い枝が伸び、そこからさらに細い枝へ分かれていきます。
川も、本流と支流によって似た構造をつくります。
道路も幹線道路から生活道路へ分かれ、 建築もエントランスからホール、廊下、各室へと分岐します。
規模も材料も違うのに、どこか似た構造が現れる。
こうした自然と人間のつくる空間の間に見られる類似性を、 ここでは「相似象」という視点から見ています。
「ボイド」――何もない場所にも役割がある
建築では、何かを置くことだけがデザインではありません。
吹き抜け。中庭。広場。光庭。 家具を置かない余白。
こうした「何もない場所」があることで、 光や風、人の視線や動きが通り抜けることができます。
つまり空間を考えるときには、 「何を置くか」と同じくらい 「何も置かない場所をどこにつくるか」も重要になります。
思想から、インテリアデザインへ
ここまでなら、少し抽象的な空間論に見えるかもしれません。
しかし、この考え方が興味深いのは、 実際のホテルやインテリアの計画へつながっていることです。
インテリアというと、家具やカーテン、照明、床材などを選ぶ仕事だと思われがちです。
しかし本来、それらは独立して存在しているわけではありません。
床の色が変われば家具の見え方が変わり、 壁の色が変われば光の感じ方も変わります。 照明の位置が変われば、石の模様や木の質感も違って見えます。
一つ一つの材料ではなく、 空間全体としてどう感じるのか。
そこに「纏」という考え方がつながってきます。
石と水が、視線を運ぶ
この空間を見ると、石そのものはまったく動いていません。
ところが、長く伸びる石の面と水面によって、 私たちの視線は自然に奥へと導かれます。
そこへ垂直方向の線、美術作品、照明が加わることで、 静止しているはずの空間に一つの「方向」が生まれています。
動かない材料によって、動きを感じさせる。
これも「空間の流れ」の一つと考えることができるでしょう。
色彩と配置によって、空間は動く
色は、壁の表面を飾るだけのものではありません。
壁の色、天井から落ちる暖かな光、白い柱、黒と白のストライプ。 それぞれが異なる強さを持ちながら、一つの室内にまとめられています。
そして、同じ空間を別の位置から見てみます。
正面から見ると、左右に置かれた椅子と中央のテーブルによって、 空間に一つの軸が生まれていることが分かります。
その手前には石の天板があり、奥には柱と壁面が続いています。
家具、色、石、光を一つずつ見るのではなく、 それらの関係を「一つの空間」として見る。
ここまで見てきた「纏」という考え方が、 抽象的な図から実際のインテリアへつながってくるところです。
建築とは、動かない材料で「流れ」をつくること
大理石は動きません。
御影石も動きません。 木も、コンクリートも、完成した建物の中ではその場所に留まり続けます。
しかし、その動かない材料によってつくられた空間の中を、 光が動き、風が通り、水が流れ、人が歩きます。
朝から夕方へ。 春から夏へ。 夏から秋へ。
同じ建築であっても、その表情は絶えず変化します。
建築とは、動かない材料を使って、流れをつくる仕事なのかもしれません。
石を見ることから始まった「大理石の物語」は、 石を取り巻く光、水、大地、植物、都市、そして人間へと広がっていきます。
一枚の石の向こうには建築があります。
建築の向こうには都市があります。
そして都市の向こうには、大地と空があります。
それらを別々のものとして見るのではなく、 一つのつながった空間として見る。
空から大地へ。
大地から建築へ。
建築から人へ。
そして人から、再び空間へ。
建築の中では、今日もさまざまな「流れ」が続いています。
※本ページで紹介している「スカイチー」「グランドチー」「マグネティックチー」「相似象」「ストリーム」「纏」などには、資料独自の空間概念が含まれています。現代科学で確立された物理現象と同一のものとして扱うのではなく、自然環境・建築・人間の関係を考えるための一つの視点として紹介しています。