建築のデザインは、どこから始まるのでしょうか。
外観の形を考えることからでしょうか。平面図を描くことからでしょうか。それとも、素材や色彩を決めることからでしょうか。
ここで紹介する「HOTEL ALOE GARDEN」のデザインノートは、そのどれよりも前にある「コンセプト」から始まっています。
生命、アロエ、渚の散歩道、空間の重なり、人の流れ。
一見すると建築とは直接関係のない言葉が、やがて建築の形や空間構成へと変わっていきます。
ここまで紹介してきた「空間の流線」「相似象」「纏」という視点とも重ねながら、建築が生まれる前の「思考の過程」をたどってみましょう。
デザインは「コンセプト」から始まる
設計の出発点となるのが、デザインコンセプトです。
コンセプトとは、完成したデザインに後から意味を付けるための言葉ではありません。
何をつくるのか。なぜ、その空間をつくるのか。そこにいる人に、何を感じてもらいたいのか。
そうした問いに対する最初の答えが、その後の設計判断をつないでいきます。
「安らぎと至福の思い出」
HOTEL ALOE GARDENのデザインノートには、「安らぎと至福の思い出」という言葉が置かれています。
ホテルは、単に宿泊するための建物ではありません。
そこを訪れ、歩き、休み、語らい、景色を眺め、そして帰っていく。
その一連の時間と体験そのものを、建築によってデザインしようという考え方です。
生命からデザインを考える
ここで最初の大きなテーマとして現れるのが、「生命」です。
植物の葉や貝殻など、自然界には繰り返し現れる形や秩序があります。
このデザインノートでは、そうした自然界の美しさや生命力を、黄金比などの造形的な考え方と重ねながら、空間へ展開しようとしています。
そして、ホテルの象徴として選ばれたのがアロエでした。
自然の形を単純に模倣するのではなく、自然から得た発想を建築空間の構成へと発展させていきます。
「渚の散歩道」という物語
ここから抽象的だったコンセプトが、少しずつ「物語」へ変わっていきます。
デザインノートに記されたのは、「渚の散歩道」。
「生」「文」「迎」「楽」「安」「継」「由」「集」「美」「道」。
生命、美、安らぎ、人との出会い、つながり、時間。
ホテルで起こるさまざまな出来事を、一つの散歩道の上に重ねていこうという発想です。
ここで「散歩道」は、単なる通路ではなく、ホテル全体をつなぐ基本的なコンセプトになっていきます。
自然の秩序と土地を読む
さらにデザインノートでは、自然界の形だけでなく、方位や土地、地球の動きなども設計思考の中へ取り込んでいきます。
ここで示される「ジオマンシア」「スーパーローテーション」などは、このデザインノートにおける独自の設計思想です。
重要なのは、それらを単独の理論として見ることではなく、建物を土地から切り離された物体として考えず、周囲の環境との関係から考えようとしていることでしょう。
自然から空間へ ― 方位と流線のデザイン思考
ここでは、南北の方位や磁力線、マグネティックチーなどの概念が、ホテルの空間計画と重ねられています。
注目したいのは、平面的な分析から、立体的な空間デザインへという発想です。
土地や方位を平面上で考えるだけではなく、それらを建築の形や空間構成へと結びつけようとしています。
自然から読み取った要素は、単なるイメージのままでは終わりません。
生命、植物、土地、方位、そして人の動き。それぞれの要素を関連づけながら、次第にホテルという具体的な空間へ置き換えていきます。
なお、ここで描かれるマグネティックチーなどは、科学的に実証された設計効果を示すものではなく、このデザインノート独自の概念モデルとして理解する必要があります。
自然から得たイメージを、どのように建築の言葉へ翻訳していくか。
ここからコンセプトワークは、より具体的な空間構成へと進んでいきます。
平面ではなく「流れ」を考える
設計が進むにつれ、「アロエ」「生命」「散歩道」といった言葉が、具体的な空間イメージへ変わり始めます。
建物の中に部屋を配置するのではなく、まず人がどのように歩き、何を見て、どこで立ち止まるのかを考える。
つまり、部屋より先に「人の流れ」があるのです。
人の動線は単なる通路ではありません。
景色との出会い、光の変化、立ち止まる場所、次の空間への期待。
そうした体験をつなぐものとして、散歩道が考えられています。
異なる空間を「重ねる」― 重ねの渚
ここでは、A空間とB空間という異なる領域が描かれ、その間にAB空間が生まれています。
二つの空間を壁で完全に分断するのではなく、重なり合う領域をつくる。
その境界を、デザインノートでは「重ねの渚」として捉えています。
海と陸が一本の線だけで分かれているのではなく、波によって絶えず重なり合うように、建築の空間にも「間」をつくるという考え方です。
これは、先に紹介した「纏」という考え方にも通じる視点です。
空間と空間の間に、もう一つの空間が生まれる。
境界そのものをデザインの対象としているところが興味深いのです。
散歩道がホテルの機能をつないでいく
散歩道という抽象的な考えが、ここではショップ、レセプション、エントランスといった具体的なホテル機能へつながっていきます。
それぞれを独立した場所として切り分けるのではなく、一つのストリームによって結びつける。
人の動き、視線、用途の異なる空間、上下方向へのつながり。
複数の要素が重なりながら、一つの建築体験をつくっていきます。
「流線」とは、単に人が歩く線だけではありません。光や視線、空間同士の関係を含めて捉えることで、建築全体を一つの連続した体験として考えることができます。
散歩道が立ち上がり、建築になる
ここは、このデザインノートの中でも特に興味深い部分です。
最初は地面の上にあった「散歩道」が、折れ、曲がり、上へ向かい始めます。
大地が起きて、壁になる。
平面的だった散歩道が立体化し、建築のファサードへ変わっていきます。
これは完成した外観を先に描き、そこへ意味を付け加えているのではありません。
「歩く」という体験から始まったコンセプトそのものが変形し、建築の形を生み出している。
平面の流れが立体へ変わるという点で、「空間を流れるエネルギー」という今回のテーマを、非常に分かりやすく表している部分です。
断面にも「流れ」をつくる
その考え方は平面だけにとどまりません。
エントランスから内部へ入り、上階へ進み、光を受け、さらに上へ抜けていく。
建築を固定された箱の集合ではなく、上下方向にも連続する空間として捉えています。
平面図だけでは分からない空間のつながりを、断面によって考えることも、建築の重要な設計過程です。
一つのコンセプトがホテル全体へ広がる
ここまで来ると、最初の「生命」という言葉からは、かなり遠くまで来たように見えます。
しかし、アロエ、自然、散歩道、重なり、人の流れ、光、緑という要素をたどると、最初のコンセプトは消えていません。
むしろ、形を変えながらホテル全体へ浸透しています。
最初のコンセプトが、個々の空間をつなぐ共通の考え方になっているのです。
水の散歩道 ― アロエと水のたわむれ
散歩道は、ただ目的地へ向かうための通路ではありません。
歩いている途中で、風景に出会い、足を止め、 自然を感じることも、散歩道の大切な役割です。
このデザインノートには、 「水の散歩道 ― アロエと水のたわむれ」 という言葉が記されています。
大きなアロエの葉が水面に映り込み、 実際の植物と、水の中に現れたもう一つの植物が 重なり合っています。
水面のそばでは、二人の人物が身をかがめ、 水の中をのぞき込んでいます。
ここで大切なのが、 「親水性」という考え方です。
水を遠くから眺める装飾として扱うのではなく、 人が水辺に近づき、その存在を身近に感じられる空間をつくる。
水面は、空や植物、人の姿を映し込み、 現実の風景とは異なる、もう一つの空間を生み出します。
これは、これまで紹介してきた 「重ねの渚」という考え方にも通じています。
自然の風景と、水面に映る風景。 二つの世界が重なることで、空間に新しい奥行きが生まれる。
そして、人が水に近づき、立ち止まり、 水面をのぞき込むという動作によって、 空間は単なる景色から、人が体験する場所へと変わります。
HOTEL ALOE GARDENの散歩道は、 人の動きを導くだけでなく、 自然との出会いを生み出す場所としても考えられているのです。
さらに、この水と人との関係は、 散歩道の途中に置かれた一つの浴場へと発展していきます。
「浴場物語」― 散歩道の途中に置かれた水の箱
そして、その考え方は一つの浴場にまで続いていきます。
デザインノートには、次のように記されています。
「アロエの散歩道に ― そっと置かれた ― ウォーターBOX」
「浴場をつくる」という発想から始めるのではありません。
アロエの散歩道を歩いていると、その途中に水をたたえた箱がそっと現れる。それが結果として浴場になる。
正面にはアロエの風景が広がり、水と緑と空が一つの視界の中に重なります。
ここまで来ると、コンセプトは説明のための言葉ではなく、実際の空間を生み出すための設計の道具になっています。
水や石、光、緑といった素材や自然の要素が、単なる装飾ではなく、人の体験をつくるものとして考えられているのです。
コンセプトは、建築の最後まで残る
このデザインノートから見えてくるのは、完成した建築の形そのものよりも、そこへ至るまでの思考です。
生命
↓
アロエ
↓
自然界の美
↓
渚の散歩道
↓
重なり
↓
人の流れ
↓
空間
↓
建築
一つのコンセプトが、言葉からイメージへ、イメージから空間へ、そして具体的な建築へと変換されていきます。
設計とは、最初から美しい形を思いつくことだけではありません。
「なぜ、この空間をつくるのか」から始まり、その答えを最後まで失わずに形へ変えていくこと。
HOTEL ALOE GARDENのデザインノートは、その思考の過程を一枚一枚の図によって見せてくれます。
そして、その思考が人の動きや視線を導き、光、水、緑、素材と結びついたとき、建築は単なる物体ではなく、人が体験する空間になります。
コンセプトから空間へ。そして空間から、人の体験へ。
そこに、建築のデザイン思考を学ぶ面白さがあるのではないでしょうか。