硬質で吸水率が低く、年月を経ても艶落ちしにくいこの黒御影石は、日本では長らく「インド黒」あるいは「インディアンブラック」という名前で親しまれてきた。
ただ、この名前には少し注釈が必要になる。これまでこのシリーズで扱ってきた石の多くは、一つの石に複数の呼び名が付いているという話だった。
今回はその逆である。
「インド黒」「インディアンブラック」という名前は、実は特定の一種類の石を指しているわけではない。インド南部タミルナドゥ州を中心に採れる、数十種類以上ある黒御影石をまとめて呼ぶための、いわば総称なのだ。

一つの名前に、数十の顔がある
最高級品として知られる「クンナム」は、タミルナドゥ州のクンナム地区で採れる石で、緻密な黒地に銀粉のような雲母が輝く、世界最高峰と評されることもある逸品である。建立当初は漆黒に見えても、数年をかけて色調が落ち着いていくとされ、その変化まで含めて味わい深い石だと語る石材関係者もいる。
一方、「YKD」のように、黒雲母の量が少なく全体に乳白色が広がる、比較的手頃な価格帯の石もある。産地も品質もまるで違うこれらの石が、日本の市場では「インド黒」という一つの看板のもとに並ぶことも珍しくない。
同じ「インド黒」という名前で注文しても、届く石がクンナムなのかYKDなのか、あるいはそのほか十数種類あるうちのどれなのかは、実のところ注文の時点では判然としないことすらある。一つの名前の中に、数十の異なる顔が隠れている、というわけである。
この石の使われ方にも、時代による変化がある。
かつて「インド黒」といえば、真っ先に思い浮かぶのは墓石や灯籠だった。中国産の墓石が日本市場に流通するようになるずっと以前から、インドの黒御影石は仏教発祥の地からもたらされる石として、日本の墓地で静かに使われ続けてきた。
ところが、ここ数十年のあいだに状況は変わりつつある。建材としての需要が徐々に伸び、ビルの外壁や床材、キッチンカウンターなど、建築石材としてもインド黒が輸入されるようになった。仏事のための石という一つの顔から、都市の建築を彩る石という、もう一つの顔が加わったことになる。
墓石が名付けた岩石の名前
ちなみに、この手の石を地質学的に分類すると、多くは「チャーノッカイト」と呼ばれる岩石群に属することが多い。紫蘇輝石(しそきせき)と呼ばれる輝石を含む、花崗岩質の岩石である。この耳慣れない名前にも、墓石にまつわる由来がある。「チャーノッカイト」という名は、17世紀にイギリス東インド会社の商館員として現在のコルカタ(旧カルカッタ)を開いた人物、ジョブ・チャーノックにちなんでいる。彼の墓石がまさにこの石で作られていたことから、1900年、この岩石群にその名が付けられたのだという。
奇しくも、インド黒というジャンルの石は、地質学上の名前そのものが、遠く離れたベンガル地方の墓石に由来している。日本の墓地で静かに使われてきたこの石の素性をたどっていくと、その名前の起源もまた、一人の人物の墓標にたどり着くというのは、なんとも巡り合わせの妙を感じさせる話である。
王が象に運ばせた花崗岩
さて、このインド黒の大半を産するタミルナドゥ州には、石工たちの技術が極限まで研ぎ澄まされた、もう一つの物語が眠っている。
州都チェンナイから南西へ広がるこの土地は、9世紀から13世紀にかけて南インドに一大王朝を築いたチョーラ朝の本拠地だった。なかでも古都タンジャーヴールに立つ「ブリハディーシュワラ寺院」は、ドラヴィダ建築の最高峰と呼ばれる。チョーラ朝の王ラージャラージャ1世が7年の歳月をかけて建立し、1010年に完成させたこの寺院は、高さ66メートルの本殿を持ち、当時の南インドでは他に類を見ない規模を誇った。
その頂上に載る冠石は、単一の花崗岩をドーム状に削り出したもので、重さはおよそ80トン。この巨石を頂上まで運び上げるため、丸太を組んで6キロメートルにも及ぶ緩やかな斜面を築き、象たちに引かせて少しずつ引き上げたと伝えられている。完成から1000年以上が経った今も、この花崗岩の冠石は同じ場所に鎮座し続けている。
現代の「インド黒」の採石場と、王が象を使って80トンの花崗岩を山頂へ運ばせた時代とが、同じタミルナドゥの大地でつながっている。
かつては王の権威を示す寺院の頂を飾り、やがては遠い異国の墓地でひっそりと故人を弔い、そして今では世界中のビルの壁を飾る建材にもなった。同じ土地から切り出される花崗岩が、千年の時を挟んで、まったく違う役割を担い続けている。
「インド黒」というひとまとめの名前の奥には、そうした長い時間と、幾つもの用途の記憶が、静かに折り重なっているのかもしれない。数十種類もの石を一つの名前でまとめて呼んでしまう大らかさも、裏を返せば、それだけ多くの石がこの土地から途切れることなく切り出され続けてきた証だと言えるだろう。



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