【大理石の物語 114】 御影石シリーズ 第4話 インパラブラックと、地の底の記憶

一見すると、ほとんど真っ黒に見える。だが目を近づけると、灰色や銀色に光る長石の粒が、細かく均一に散らばっているのがわかる。
過度な派手さはなく、それでいて重厚感がある。そんな絶妙な佇まいのおかげか、この石は世界中の建材市場でもっとも売れている黒御影石の一つに数えられている。
南アフリカ共和国、北西州のラステンバーグ市周辺で採掘される「インパラブラック」である。

地質学的には、この石も花崗岩そのものではなく斑レイ岩、なかでも「ノーライト」と呼ばれる系統に分類される。もちろん商流上は長らく「御影石」の名で扱われてきたわけで、そのあたりの呼び方には幅があると捉えておくのがよさそうである。
インパラブラック 採石場

地球最大級の宝石箱


この石が育まれた大地には、地球科学的にとてつもない背景がある。ラステンバーグ一帯は「ブッシュフェルド岩体」と呼ばれる巨大な地質構造の上に位置しており、これは約20億年前、マグマが地下でゆっくりと冷え固まってできた、地球上最大級の層状貫入岩体である。
この岩体は世界のプラチナ族金属の埋蔵量の大部分、そしてクロムの大半を抱えており、地球でも指折りの資源密集地として知られている。
インパラブラックという石は、いわばこの巨大な「地球の宝石箱」の縁からこぼれ落ちた、いち成分にすぎない。
インパラブラック スラブ材

動物ではなく、鉱業に由来する名前


さて、この石には非常に多くの別名がある。日本国内では産地名からとって「ラステンバーグ」という呼び名で流通することもあり、このほかにも「ネロ・インパラ」といった名前もある。
なかには「マリカナ」「マリカナ・ブラック」という名前も含まれている。実はこの地域には「インパラ・プラチナム(インプラッツ)」という、世界有数のプラチナ生産会社の鉱山が実在し、また「マリカナ」も同じ北西州にある別のプラチナ鉱山の地名である。

優美な動物のインパラを連想させるこの石の名前は、実際には動物そのものというより、この土地の基幹産業であるプラチナ採掘会社や鉱区の名前に由来している可能性が高い。
石の名前をたどっていくと、動物ではなく鉱業がその奥に潜んでいる、というわけである。

もっとも、本物のインパラも、この土地とまったく無縁というわけではない。優美な角を持ち、驚異的な跳躍力でサバンナを駆けるこの中型のアンテロープは、南アフリカ各地の自然保護区で今も群れをなして暮らしている。
ラステンバーグから車で数時間の距離にも、インパラの生息する保護区がいくつも点在する。
黒々とした鉱物の塊と、陽光の下を跳ねる褐色の獣。まったく異なる二つの「インパラ」が、同じ国の同じ地域に、それぞれの姿で存在しているというのも、なかなか味わい深い符合である。

マリカナという名に刻まれた歴史


そして、「マリカナ」という名には、もう一つ重い歴史が刻まれている。
2012年8月16日、ラステンバーグ近郊のマリカナ鉱山で、大規模な労働争議が悲劇的な結末を迎えた。
この鉱山はロンドン証券取引所にも上場する英資源大手ロンミン社が運営するプラチナ鉱山で、争議を主導したのは、地下で削岩機を扱う作業員たちだった。落石の危険と隣り合わせの過酷な環境で長時間労働を強いられながら、住宅手当を含めた手取り月給はおよそ4000から5000ランド(当時のレートで数万円程度)にとどまっていたという。
賃金と住環境の改善を求めたストライキが労働組合間の対立も絡んで激化するなか、出動した警官隊が発砲し、この日だけで34人の労働者が死亡、78人が負傷した。
数週間続いた争議全体では、警官2人を含む46人が命を落としている。
これは1994年のアパルトヘイト撤廃以降、南アフリカの治安当局による最悪の犠牲者数を出した事件として記録されており、その後、政府によって国の調査委員会が設置されるまでの大きな社会問題となった。

この重い歴史を、石を語る読み物のなかでどう扱うべきか、正直なところ迷いもある。だが、世界でもっとも流通している黒御影石の一つが、たまたま同じ地域で採れるというだけでなく、その別名の一つに、この事件の舞台となった土地の名がそのまま残っているという事実は、素通りするには惜しい重みを持っている。
石そのものに罪も功もない。
ただ、大地の恵みを掘り出す営みには、光の当たる面と、そうでない面とが常に隣り合わせで存在する、という当たり前でありながら忘れられがちな事実を、この石の名前は静かに伝えているように思う。

事件のあと、南アフリカ政府はファラム委員会と呼ばれる調査委員会を設置し、警察や鉱山会社、労働組合それぞれの責任を検証した。この一件は南アフリカの鉱業界における労使対話のあり方を見直す大きな転機となり、以後、賃金交渉や労働者の住環境改善をめぐる制度が徐々に整えられていくきっかけにもなったと言われている。
重い代償を払って得られた教訓が、その後の産業のあり方に少しずつ反映されていったことも、あわせて記しておきたい。

ブッシュフェルド岩体は、今も世界のプラチナと自動車の排ガス浄化装置、そして宝飾品の原料を支え続けている。
同じ岩体から切り出される黒御影石は、世界中のオフィスビルやマンションのロビーで、静かに艶やかな表情を見せている。地下深くで20億年かけて育まれた同じ一つの岩体が、片や貴金属として指輪や排ガス触媒になり、片や建材として床や壁になり、そしてその名の奥には、人々が働き、時に命を落とした記憶までも刻み込んでいる。

インパラブラックという何気ない黒い石を手に取るとき、そこには地球そのものの途方もない時間と、そこに生きた人々の重みが、幾重にも折り重なっているのかもしれない。

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