近づくと、その闇の奥から、大きな灰色の結晶が静かに浮かび上がる。一般的な黒御影石の柄は小さく詰んだものが多いなかで、この石の模様はどこか悠然としている。
アフリカ大陸南西部、アンゴラ共和国ウイラ州の州都・ルバンゴ。標高千七百メートルを超える高原で切り出される「アンゴラ・ブラック」は、そんな一風変わった佇まいを持つ黒御影石である。
もっとも、地質学的な分類には少し注釈がいる。この石は花崗岩そのものではなく、斑レイ岩なかでも斜長石を多く含むことから斜長岩とも呼ばれる系統に属す、という見方が一般的なようだ。
もちろん商流としては「御影石」の名でずっと扱われてきたわけで、そのあたりの呼び方には幅があると捉えておくのがよさそうである。

月の高地と、同じ名の鉱物
ただ、この「斜長岩」という一語には、思いがけない縁が隠れている。斜長石を主成分とするこの岩石は、地球だけの石ではない。
アポロ計画で宇宙飛行士たちが持ち帰った月の高地の岩石も、大部分が斜長岩でできていることが分かっている。
人類が月から持ち帰った石と、アンゴラ・ブラック。
もちろん同じ石ではない。
しかし、そのどちらにも「斜長石」という共通の鉱物が眠っている。
月の海と呼ばれる暗い低地を取り囲む、白く輝く高地。あの明るさの正体は、斜長石という鉱物そのものの反射なのだという。
もちろん月の斜長岩はカルシウムに富み、地球のものとは組成も生い立ちも異なるから、双子と呼ぶのは言い過ぎだろう。それでも、遠い親戚と呼ぶには十分な血縁が、この黒い石の中にひっそりと眠っている。地球でもっとも暗い色をまとった御影石の一つが、実は月面でもっとも明るい高地と、同じ名の鉱物を胸に抱いている。そう思うと、この石を眺める目が少し変わってくる。

幾つもの名を持つ石
斜長石という鉱物は、結晶の育ち方や含まれる微量の成分によって、驚くほど違う表情を見せる。光の当たり方ひとつで虹色に揺らぐ「ラブラドライト」も、その仲間だ。
アンゴラ・ブラックが時に「ラブラドール・ブラック」「ラピス・ブラック」といった半貴石を思わせる名で呼ばれることがあるのも、この性質に由来するのだろう。同じ石が複数の名前を背負って流通するのは、この業界ではさほど珍しいことではないが、購入の際には産地を確かめておくに越したことはない。

名を変えた高原の町
この石を育んだ高原の町にも、名を巡る歴史がある。ルバンゴという地名は、実はさほど古いものではない。1882年、ポルトガル領マデイラ諸島からの入植者たちがこの高原を切り拓いたとき、街は「サ・ダ・バンデイラ」ポルトガルのある政治家にちなんだ名を与えられた。
以来一世紀近く、地図の上ではその名で通ってきた。転機が訪れたのは1975年。十年以上に及んだ独立戦争の末、アンゴラがポルトガルからの独立を果たしたこの年、国内の多くの都市が宗主国にちなむ名を返上し、この町もまた「ルバンゴ」という土地本来の名を取り戻している。
統治する側が与えた名と、そこに生きる人々の名とのあいだを、この町は一世紀近くかけて渡り歩いてきたことになる。それはどこか、この石自身の境遇とも重なる。
ラブラドール・ブラック、ラピス・ブラック、そしてアンゴラ・ブラック、同じ黒い石が複数の名を背負って流通するように、この石が眠る町もまた、時代ごとに呼び名を変えてきた。
名前とは、石にとっても土地にとっても、そのときどきの持ち主が刻んだ記号にすぎない。結晶そのものは、そうした人間の営みとは無関係に、何億年も前からそこに在り続けている。

天空の町へ登る道
この石が眠るルバンゴという町へは、今でこそ舗装路が通っているが、そこへ至る道そのものが一つの物語を持っている。海沿いの都市ナミベから高原へと駆け上がる「セラ・ダ・レーバ」の峠道は、標高差およそ千メートルを三十以上のヘアピンカーブで一気に登り切る、切り立った山岳路である。この道が開通したのは1970年代のこと。それ以前、ルバンゴは下界から隔絶された「天空の町」だった。十九世紀末、ポルトガル領マデイラ諸島からやってきた最初の移民団は、道なき斜面を徒歩で登ったと伝えられている。折しも十月、峠道の周辺には紫色のジャカランダの花が満開だったという。
高原の奥深くに閉ざされた町、そこへ徒歩で登った移民たち、そして億年の時を経て地中で結晶を育てた黒い石。どれも、たどり着くまでに長い道のりを要したという点で、どこか似ている。アンゴラ・ブラックを手に取るとき、そこにあるのはアフリカの大地の重みだけではない。
アンゴラ・ブラックを見つめるとき、私たちはアフリカの大地だけを見ているのではない。
その黒い鏡の奥には、地球と月がまだ同じ材料から形づくられていた、はるかな記憶まで映り込んでいるのかもしれない。



















