【大理石の物語 110】トラバーチン特集 第9話 石が刻む、12万年の気候(締め)

この特集の最後に、もう一度ティヴォリに戻りたい。

温泉が石を作る仕組みから始まり、
名前の由来をたどり、
ローマを支えた石を見つめ、
ベルニーニの伝書鳩を追い、
パムッカレで今も生まれ続ける石を訪ね、
ロサンゼルスのゲッティセンター、
そしてパリのサクレ・クール寺院まで歩いてきた。

ティヴォリ ボーリングコア

石の中に眠っていた、12万年

ティヴォリのアックア・アルブレ盆地には、厚いところで約90メートルにも達するトラバーチン層が横たわっている。

地質学者たちは、この地層をボーリング調査によって掘り抜き、一本の長いコアサンプルを採取した。
その結果、この石は約11万5千年前の最終間氷期の始まりから、およそ3万年前まで、途切れることなく堆積し続けていたことが分かった。

一本の石柱の中に、およそ12万年という時間が閉じ込められていたのである。

ボーリングコア断面

石は、地球の日記だった

さらに研究者たちは、この石を薄く切り、酸素や炭素の同位体比を調べた。

温泉水から炭酸カルシウムが沈殿するとき、その時々の気温や降水量、水の流れ方が、ほんのわずかな化学組成の違いとして石に刻み込まれる。

その違いを読み解くことで、 暖かい時代、 寒い時代、 乾燥した時代、 湿潤な時代が、 何度も繰り返されていたことが分かった。

トラバーチンは、単なる建材ではなく、 地球が書き続けてきた気候の日記でもあったのである。

トラバーチン地層

読む方法だけが、遅れて生まれた

もちろんローマ人は、そのことを知らなかった。

彼らはこの石を切り出し、 コロッセオを築き、 パンテオンを支え、 ベルニーニはサン・ピエトロ広場の列柱へ選んだ。

しかし、その石が十二万年分の気候を記録しているとは、誰一人知ることはなかった。

石は最初からそこにあった。 変わったのは、人間のほうである。

酸素同位体や炭素同位体を解析する技術が生まれ、 ようやく私たちは、 石が何を書き残していたのかを読めるようになった。

温泉が石を作り、石が時を刻む

この特集は、 「温泉が石を作る」 という一文から始まった。

そして最後にたどり着いたのは、 石そのものが、 人類の歴史よりはるかに長い時間を記録する存在だったという事実である。

都市は滅びる。 建物は壊れる。 石は切り出され、運ばれ、姿を変える。

それでも地中では、 今日も温泉が新しい石を作り続け、 その石は静かに、 次の時代を書き始めている。

トラバーチンとは、 建材である前に、 時間そのものを積み重ねた石なのである。


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