【大理石の物語 112】 御影石シリーズ 第2話 ジンバブエ・ブラックと、石の家の記憶

模様がほとんどない。
艶やかに磨き上げると、そこにあるのはただ深く沈んだ漆黒だけである。
前回取り上げたアンゴラ・ブラックが大ぶりの結晶を悠然と浮かべていたのに対し、この石はどこまでも均一な黒を貫く。
アフリカ大陸南部、ジンバブエ共和国のマショナランド東部州、首都ハラレから北東へおよそ100キロのムトコ近郊で切り出される「ジンバブエ・ブラック」は、黒御影石のなかでも世界最大級の産出量を誇る石である。

石切場の広がるムトコは、ハラレと隣国モザンビークを結ぶ幹線道路沿いの中継地でもある。
近くに大きな川はないが、無数の井戸から汲み上げる地下水が生活と農業を支えており、トウモロコシやモロコシ、サトウキビ、綿花などが栽培されている。世界中の建築現場を飾る漆黒の石が、こうした素朴な農業の町の地下から掘り出されているというのは、なかなか想像しにくい取り合わせかもしれない。

地質学的な分類にも、前回同様に少し注釈がいる。
この石は花崗岩そのものではなく、斑レイ岩なかでも石英や長石をほとんど含まず、極めて黒色の強い斑れい岩「ノーライト」と呼ばれる系統に属す、というのが実情に近いようだ。
黒を際立たせているのは角閃石や磁鉄鉱で、これらはガラス光沢を持つため、鏡面に磨くと光を余さず跳ね返す。
もちろん商流としては長らく「御影石」の名で扱われてきたわけで、そのあたりの呼び方には幅があると捉えておくのがよさそうである。
ジンバブエ スラブ材

「石の家」という国名


この石を語るうえで避けて通れないのが、国名そのものの由来である。
ジンバブエとは、現地のショナ語で「石の家」を意味する言葉だ。

首都ハラレから南へおよそ300キロ、ジンバブエ高原の南端に、11世紀から15世紀頃にかけてショナ族が築いた王宮都市の遺跡が残っている。「グレート・ジンバブエ遺跡」と呼ばれるこの遺構は、漆喰を一切使わず、花崗岩のブロックだけを積み上げて成した石造建築群だ。
曲線を描く長大な石壁と、円錐形の塔。最盛期には6000を超える住居がその麓に広がっていたという。
1980年、長い独立の末にこの国が生まれたとき、人々は自らの誇りであるこの石造遺跡にちなんで「ジンバブエ」という国名を選び、国旗にもその意匠を刻んだ。

この王宮都市の繁栄を支えたのは、金と象牙の交易だった。
内陸で採れた金は、モザンビーク沿岸のソファラなどの港を経由してインド洋交易網に流れ込み、代わりに遠方の品々がグレート・ジンバブエへともたらされた。
発掘調査では、中国の元・明代の陶磁器や、ペルシャ製のガラス容器、大量のガラスビーズまでもが出土している。
アフリカ内陸の高原に築かれた石の都市が、当時すでに中国や中東と間接的に繋がる交易拠点だったというのは、地図を思い浮かべるだけでも壮大な話である。

なお、この遺跡からは滑石を彫った鳥の像も見つかっている。翼を休める鳥をかたどったこの彫刻は「ジンバブエ・バード」と呼ばれ、現在のジンバブエの国旗にも描かれている図案の元になった。
石でできた家に、石でできた鳥が棲んでいた、というわけである。

もっとも、この遺跡が正当に評価されるまでには、遠回りな道のりがあった。
発見された当初、植民地時代の欧州の学者たちのあいだでは、これほど精巧な石造建築をアフリカ人が築けるはずがないとして、フェニキア人など外部の文明による遺産だとする説が長く唱えられていた。
20世紀に入ってからの本格的な考古学調査によって、ようやくショナ族自身の手による建造だと証明されている。
「石の家」という国名の背後には、そうした誇りの回復の物語も静かに横たわっている。

余談だが、ハラレという都市名も、独立以前は「ソールズベリ」というイギリス風の名で呼ばれていた。旧宗主国の名を返上し、土地本来の名を選び直したという構図は、前話で触れたルバンゴ(旧サ・ダ・バンデイラ)とよく似た木霊を残している。
グレートジンバブエ遺跡
グレートジンバブエ遺跡
グレートジンバブエ遺跡
グレートジンバブエ遺跡
ジンバブエ 採石場

紙幣に刷られた奇岩


ハラレの郊外には、もう一つ石にまつわる風景がある。「チレンバ・バランシング・ロック」と呼ばれる、花崗岩の巨大な玉石がいくつも積み重なり、今にも崩れそうな均衡を保っている奇岩群だ。
人の手はまったく加わっていない。何億年もかけて地中で丸みを帯びた花崗岩の塊が、周囲の柔らかい地層だけが風化して流れ去ったことで、硬い岩塊だけが取り残され、絶妙な釣り合いのまま今日まで残ったのだという。
この光景はジンバブエドル紙幣にも刷り込まれ、王宮遺跡と並ぶ国のもう一つの象徴として親しまれている。

漆喰を使わず石だけを積み上げた王宮、風化だけで奇跡的な均衡を保つ天然の巨石、そして今、世界中の建物を飾るジンバブエ・ブラック。姿も岩石の種類も異なるが、そのどれもがこの大地が育んだ石の文化を今に伝えている。

ジンバブエ・ブラックを手に取るとき、そこにあるのは一枚の黒い御影石ではない。
国の名にもなった「石の家」の記憶、そのものなのである。
遠い交易の時代から現代の建材市場まで、この土地の花崗岩は形を変えながら、常に何かを支え、何かを飾り続けてきたのだと言えるだろう。
チレンバ・バランシング・ロック
ジンバブエ紙幣
ジンバブエ紙幣

関連記事

▶ 第111話 アンゴラ・ブラックと、月の記憶
斜長石がつないだ、アフリカと月の意外な関係。

▶ ジンバブエ・ブラックとは(いしらべ)
産地や特徴、用途などを詳しく紹介しています。

▶ ジンバブエ・ブラック 本磨き(建材ネット)

▶ ジンバブエ・ブラック バーナー仕上げ(建材ネット)

大理石の物語|記事一覧

石と建築、芸術と歴史にまつわる物語。 世界の石は、ただの素材ではない。 そこには歴史と建築、人間の物語が刻まれている。

この記事を書いた人

目次