テニアン島を飛び立ったB-29爆撃機133機が、宇都宮の上空に現れた。
2時間20分にわたって焼夷弾と爆弾が降り注ぎ、市街地の約65%が灰燼に帰した。
死者628名、負傷者約1150名、罹災世帯1万603世帯
北関東最大の都市空襲だった。
翌朝、宇都宮市民が見たのは焼け野原だった。
しかしその廃墟の中に、無傷で立ち続けている建物があった。
大谷石で作られた蔵と建物だけが、焼夷弾の炎に耐えていた。

なぜ大谷石は燃えなかったのか
大谷石は凝灰岩
火山灰が固まった石だ。
その生い立ちからして、火には強い。
1500万年前の海底火山の噴火によって堆積した火山灰が固まったこの石は、もともと「火」という極限の力によって作られた素材だ。
大谷石の多孔質構造は空気を多く含み、熱の伝導を遅らせる。
隣家が燃えても、大谷石の壁はその熱を内側に通しにくい。
木造の家々が次々と焼夷弾で燃え広がる中、大谷石造りの建物だけが島のように残った。
関東大震災(1923年)では大谷石が地震に強いことを証明し(第75話)、
宇都宮空襲(1945年)では大谷石が火に強いことを証明した。
同じ石が、二つの異なる災害から人と建物を守った。
「軍都」宇都宮、なぜ狙われたのか
地方都市・宇都宮がなぜB-29の標的になったのか。明治時代から宇都宮は「軍都」だった。
第14師団、歩兵連隊、陸軍飛行場、練兵場 、軍事施設が集積するこの都市は、日本の防衛網の重要な結節点だった。
米軍の標的リストに宇都宮が入ったのは必然だった。
そして宇都宮には、大谷石の地下採掘場があった。
1943年(昭和18年)、
大谷石の地下採掘場は陸軍の糧秣廠・被服廠の地下秘密倉庫として使われ始めた。
1945年には中島飛行機(後の富士重工業、現在のSUBARU)が四式戦闘機「疾風」を製造する地下軍需工場として活用された。
地上のB-29爆撃が激しくなるほど、地下の石の洞窟の価値は高まった。
皮肉な話がある。
米軍は宇都宮空襲に際して、相当前から艦載機を飛ばして市内を撮影し、詳細な地図を作っていた。
爆撃で破壊された市街地の中に、軍の施設14師団の兵舎、練兵場、飛行場はほぼ無傷で残っていた。
米軍は進駐後にそれらをそのまま使うために、意図的に避けたとも言われている。
市民の住む市街地は焼かれ、軍の施設は残された。
その逆説は今も宇都宮の戦争記憶の中に生きている。

地下の石の洞窟で、疾風は翼を広げた
四式戦闘機「疾風」Ki-84。
1943年に初飛行し、1944年から実戦配備されたこの戦闘機は、日本陸軍が開発した最高性能の戦闘機だった。
最高速度624km/h、武装は20mm機関砲2門と12.7mm機関銃2丁
連合軍のパイロットから「フランク(日本軍機のコードネーム)の中で最も危険な相手」と恐れられた。
その疾風が、宇都宮の地下30メートルの石の洞窟で組み立てられていた。
翼幅11メートルの機体を地下の採石場に搬入するのは容易ではなかった。
採石場の坑道の入口を拡張し、分解した状態で部品を搬入して、地下で組み立てた。
B-29の爆撃から守るため、最も重要な部分の製造を地下に移したのだ。
大谷石が70年かけて作り出した洞窟が、戦争最後の年に戦闘機工場になった。
石を掘り出した後の空洞が、戦争機械を隠す盾になった。
疾風が消えた後、平和観音が生まれた
1945年8月15日、
日本は降伏した。
地下工場で組み立てられた疾風の多くは、終戦によってその役割を終えた。
戦後、大谷の人々は静かに石を掘り続けた。
復興の建材として大谷石の需要は高まり、採石場は活気を取り戻した。
そしてその一方で、戦争の記憶に向き合うもうひとつの動きが始まった。
1948年から6年の歳月をかけて、大谷の岩壁に高さ27メートルの巨大な観音像が彫り始められた。
「平和観音」
太平洋戦争の戦没者と広島・長崎の原爆犠牲者への供養として、大谷石の岩盤に直接彫り込まれた像だ。
疾風を作った地下工場から数百メートルの場所に、平和を祈る27メートルの観音像が完成した。
1954年、像は開眼した。
戦闘機と平和の祈り。
どちらも大谷石の岩盤の中にある。
どちらも同じ石が生んだ。

石が語る、宇都宮の戦争
宇都宮の空襲から80年以上経過した。
空襲で焼け野原になった市街地の中に残った大谷石の建物。
地下で疾風を組み立てた石の洞窟。
戦後に彫られた平和観音。
これらはすべて、大谷石と戦争の関係を物語る遺跡だ。
空襲で市街地が火の海になる中、大谷石造りの建物だけが無傷で残ったという事実は、石が単なる建材ではなく、人々の命を守る「器」でもあったことを示している。
大谷石は関東大震災に耐え、
宇都宮空襲に耐え、
疾風を隠し、
平和観音を彫り込まれた。
同じ石が、戦争の加害と被害と祈りのすべてに関わった。

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