【大理石の物語 84】十和田石と、青い石の未来

ニューヨーク、マンハッタン。
1億3500万ドル(約148億円)のアパートの79階。

現代美術作家・杉本博司と建築家・榊田倫之による「新素材研究所」が改装したこの物件のバスルームに、十和田石がダイナミックに使われている。
世界最高級の住宅の、最も個人的な空間に、秋田県大館市比内町の薬師山から掘り出された青い石が届いた。

年間採掘量3000トン、世界でただ一か所の小さな採石場の石が、地球の反対側の超富裕層の浴室に選ばれた。
十和田石の未来は、思いがけない方向に広がっている。

東京藝術大学のコンサートホールに


十和田石の意外な使われ方がある。音楽ホールだ。

東京藝術大学のコンサートホール「奏楽堂」に、十和田石が採用されている。
理由は音響特性だ。
十和田石は音を適度に吸収する性質を持ち、ホールの残響を調整する壁面素材として機能する。

大谷資料館の地下採掘場(第76話)でコンサートが開かれ、松が峰教会(第79話)のパイプオルガンが石の壁に響き、凝灰岩という石は、音楽と親和性が高い。
大谷石と十和田石、同じ凝灰岩の仲間が、それぞれ異なる形で音楽の空間を作っている。

さらに大館駅の構内に設置された忠犬ハチ公像の台座・額・由来案内板は十和田石造だ。
秋田犬の故郷・大館市の象徴であるハチ公の台座に、同じ大館市の石が使われている。
コンサートホール「奏楽堂」
忠犬ハチ公像の台座

石から農業へ、比内地鶏の土地で、石が田んぼを育てる


十和田石の最も意外な「未来」は、農業だ。

中野産業株式会社のグループ企業「十和田グリーンタフ・アグロサイエンス株式会社(TGA)」は、十和田石の石粉と石粒を農業資材として販売している。
石粉を土に混ぜると弱アルカリ性の石の成分が土壌を中和し、微生物の増殖を促進する。作物の病気を抑え、成長を促進する効果が確認されている。

前話(第82話)で書いたように、比内町は比内地鶏の産地だ。日本三大地鶏のひとつが育つ土地で、同じ土地の石が農業資材として養鶏場や水田に使われ始めている。
食のブランドと石のブランドが、土の中で出会っている。

さらに石粉をバイオ素材・微生物飼料として活用する研究も進んでいる。
浴室の床材だった石が、田んぼと鶏舎に届く日が来た。

水を浄化する石


十和田石には水質浄化機能があることも明らかになってきた。

多孔質な構造が水道水に含まれる消毒剤を吸着する。
水に十和田石を入れるとカルキ臭がなくなる効果があるとされる。
さらにマイナスイオンの放出量は採掘場内で6910個/1ccに達し、一般的な室内の50〜100個、森林の3000個をはるかに上回る。

「呼吸する石」(第82話)が、水も浄化し、空気も整える。
1000万年前の海底で酸化されずに固まった鉄が、現代の水と空気をきれいにしている。
石の生い立ちと、石の機能が、不思議な形でつながっている。

廃材ゼロの完全循環型石材


十和田石のもうひとつの「未来」は、廃材ゼロという思想だ。

切断後の端材は細かく砕いて石粒に。
研磨時に出る泥は乾燥させて石粉に。
石を加工する際に生まれるあらゆる副産物が、農業資材、環境素材、機能性壁材として使われる。
捨てるものが何もない。
完全循環型の石材産業だ。

ビアンコカララの採掘では採掘量の半分以上が廃棄物として山に残り(第67話)、大谷石の採掘でも大量の廃石が斜面を覆う。
天然石材の産業は常に廃棄物の問題を抱えている。
十和田石の「廃材ゼロ」は、年間3000トンという小規模ゆえに実現できる完全循環かもしれないが、石材産業の未来の方向性を示している。

「Made in Japan」の石として


四季に溶け込み古くから日本の建築に使用されてきた「Made in Japan」の十和田石——その言葉が、今の時代に新しい意味を持つ。

ビアンコカララ(イタリア)、ノルウェジャン・ローズ(ノルウェー)、ロッソ・アリカンテ(スペイン)
このシリーズで紹介してきた多くの石は海外産だ。
しかし十和田石と大谷石は、日本の大地から生まれた日本の石だ。

造作浴室の需要が高まり、「自然素材のバスルーム」を求める声が増える中、国産の天然石材への注目が高まっている。

ニューヨークの超富裕層が選び、
東京藝術大学が音響素材として採用し、
秋田の田んぼに農業資材として届く、
十和田石は「温泉旅館の浴室の石」という枠を超えて、その可能性を広げている。

1000万年前の海底から、世界へ


十和田石シリーズ(第82〜84話)を振り返ると、この小さな産地の石の可能性の広さに改めて驚く。

1000万年前の海底火山が作り、
酸化されずに固まった鉄が青色を生み出し、
世界でただ一か所の薬師山から年間3000トンだけ掘り出され、
日本の温泉旅館の浴室を青く染め、
ニューヨークの超富裕層の79階のバスルームに届き、
東京藝術大学の音楽ホールに音を吸わせ、
秋田の田んぼで微生物を増やす。

「やすらぎの青」と呼ばれるこの石は、
人の肌を温め、
足元を守り、
水を浄化し、
土を豊かにする。

建材を超えた何かを、この石は持っている。
1000万年前の海の底の静けさが、今日も秋田の山の中に眠っている。

その石が掘り出されるたびに、少しずつ世界に届いていく。

関連記事

▶ 十和田石特集 全3話
世界でただ一か所、秋田県大館市比内町で生まれる「やすらぎの青」の物語。

▶ 大谷石特集 全7話
日本を代表するもう一つの凝灰岩、大谷石の物語。


十和田石について詳しく見る

▶ 十和田石とはどんな石か(いしらべ)

▶ 十和田石の商品を見る(建材ネット)

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石と建築、芸術と歴史にまつわる物語。 世界の石は、ただの素材ではない。 そこには歴史と建築、人間の物語が刻まれている。

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