一度は「古い素材」として忘れられた石が、今、静かに復活している。
1964年の東京オリンピックを境にコンクリートに主役の座を譲り(第80話)、採掘量は最盛期の10分の1以下に減った大谷石が、21世紀に入って再び注目を集めている。
カフェ、ホテル、住宅、商業施設、全国の「おしゃれな空間」に、あの灰緑色の石が戻ってきた。
なぜ今、大谷石なのか。

「呼吸する石」、調湿効果という再発見
大谷石が現代建築で再評価された最大の理由は、その機能性だ。
大谷石には無数の小さな穴(多孔質構造)がある。
この穴が湿気を吸ったり放出したりする「調湿作用」だ。
部屋が乾燥すると石が湿気を放出し、湿度が上がると石が湿気を吸い込む。エアコンや除湿機に頼らない、自然な湿度調整が大谷石の壁面で起きる。
さらに大谷石にはゼオライト成分が含まれており、空気中の有害物質を吸着する効果があるとも言われる。
「呼吸する石」現代の健康志向・自然素材志向の流れの中で、大谷石のこの性質が改めて光を当てられた。
薄くパネル状に加工した大谷石が内装材として人気だ。
壁一面に大谷石のパネルを貼ると、室内の湿度が快適に保たれる。
コンクリートの壁では得られない、石が「生きている」感覚がある。
地下採掘場でハムが熟成される
大谷石の現代的な活用で最も意外なものが、食だ。
大谷石の地下採掘場(第76話)は年間を通じて気温が7〜8度で安定し、湿度も一定に保たれる。
この環境が食品の熟成に理想的だと気づいた食品業者が、大谷の地下空間で生ハムやチーズの熟成を始めた。
驚くべきことが判明した。
大谷石の地下空間で熟成させた生ハムは、独特の旨味を持つことが知られている。
石の持つ安定した温湿度環境が、熟成を助けていると考えられている。
前話のラルド・ディ・コロンナータ(第63話)を思い出した方もいるかもしれない。
カッラーラの大理石の石桶で豚脂を熟成させると、他では出せない風味が生まれる。
石と食の関係は、イタリアでも日本でも起きていた。
石が食べ物を育てる。

2018年、日本遺産に認定された
2018年、
文化庁は「地下迷宮の秘密を探る旅、大谷石文化が息づくまち宇都宮」を日本遺産として認定した。
日本遺産とは、地域の歴史・文化・自然が一体となった「ストーリー」を国が認定する制度だ。
大谷石の採掘から始まり、地下空間、蔵の文化、帝国ホテル、大谷観音、松が峰教会、このシリーズ(第75〜80話)で語ってきたすべての物語が、「大谷石文化」というひとつのストーリーとして認定された。
採掘量が最盛期の10分の1以下に減った石が、「遺産」として国に認められた。
石を掘ることと、石の文化を守ることが、同時に問われる時代になった。

石蔵がカフェになり、採掘場がコンサートホールになった
第76話で書いたように、大谷資料館の地下採掘場跡ではコンサートや映画撮影、プロジェクションマッピングが行われている。
第80話で書いた石蔵は、宇都宮市内でカフェ、ギャラリー、レストランとして再活用されている。
「石を出した後の空間」が、新しい価値を持ち始めた。
これは大谷石に限らない話かもしれない。
石を使い尽くした後に残る「場所」そのものが、別の豊かさを持ちうる。
宇都宮市は「宇都宮石蔵バンク」で空き石蔵と借り手をマッチングし、石蔵の保存と活用を同時に進めている。
江戸時代に火事から財産を守るために建てられた石蔵が、今は街の記憶を守る容れ物として生き残ろうとしている。
「和モダン」の文脈で世界へ
現代建築・インテリアの世界で大谷石が注目される理由のひとつが、「和モダン」という文脈だ。
日本の伝統的な素材でありながら、コンクリートやスチールとも調和する大谷石の灰緑色は、現代の「和モダン」インテリアの定番素材になった。
旅館の浴場、ホテルのロビー、住宅の玄関土間、大谷石が使われた空間は「日本的な落ち着き」を醸し出す。
さらに大谷石の「ミソ」、石に点在する黒い斑点(有機物が残した跡)が、均一でない自然の表情として評価されるようになった。
工業製品の均一さへの反動として、「不完全な美しさ」を持つ天然素材が求められる時代に、大谷石のミソは魅力になった。
フランク・ロイド・ライトが帝国ホテルで大谷石を選んだとき(第75話)、彼は「石の幾何学的な可能性」に惹かれた。
現代の建築家やデザイナーが大谷石を選ぶとき、彼らは「石の不完全な自然さ」に惹かれている。
100年で、美の基準が変わった。
石は変わらない。

採掘量の減少と、後継者問題
しかし課題もある。
大谷石の採掘量は最盛期に比べて大幅に減少した。
採石業者の数も減り、職人の高齢化と後継者不足が深刻になっている。
需要は再び高まりつつある。
しかし石を掘る人、加工する人、その技術を受け継ぐ人は増えていない。
江戸時代から続いてきた石工の技術は、本や図面だけでは伝えられない。
石の音を聞き、割れ方を見て、手の感覚で覚える世界だからだ。
大谷石の復活は、単に石の人気が戻ることではない。
石とともに生きてきた人々の技術と文化を、次の世代へ残せるかどうかにかかっている。
ビアンコカララ(第67話)で「山が消えていく」問題を書いたように、大谷石もまた「石を守ること」と「石を掘ること」の間で揺れている。
石は使われることで価値を持ち、 使われることで山が減っていく。
天然石が抱える宿命的な矛盾だ。
1500万年前の火山灰が、今日の床になる
大谷石シリーズ(第75〜81話)を振り返ると、ひとつの石の上に重なる物語の厚さに改めて驚く。
1500万年前の火山噴火で生まれた石が、
縄文人の洞窟になり、
平安の磨崖仏になり、
江戸の城郭になり、
蔵の町を作り、
帝国ホテルになり、
戦闘機工場になり、
平和観音を彫り込まれ、
カトリック教会になり、
コンサートホールになり、
ハムを熟成させ、
今日の住宅のアクセントウォールになっている。
石は変わらない。
人間の側が変わり続けた。
その変化の記録が、大谷石の灰緑色の表面に、静かに染み込んでいる。
大谷石の物語は終わる。
しかし1500万年前の火山灰から生まれた石は、今日も誰かの暮らしの中で、新しい物語を作り続けている。

関連する大理石の物語
大谷石をさらに詳しく知る


















