宇都宮市松が峰。
東武宇都宮駅から徒歩5分の場所に、大谷石でできたカトリックの教会がある。
双塔がそびえ、ロマネスク様式のアーチが並ぶその姿は、ここが宇都宮であることを一瞬忘れさせる。
カトリック松が峰教会
大谷石建築としては現存する最大級のもので、国の登録有形文化財にも指定されている。
そしてこの建物には、スイスとフランスと日本が複雑に絡み合う、一つの物語が宿っている。

フランス人神父が宇都宮にやってきた
1888年、
パリ外国宣教会のカジャック神父により、宇都宮天主公教会が創立された。
パリ外国宣教会、フランスのカトリック宣教師組織が日本各地に宣教師を送り込んでいた時代のことだ。
カジャック神父は宇都宮に根を下ろし、信者を集め、小さな共同体を育てた。
1895年(明治28年)には現在の土地に移転し、1910年(明治43年)に最初の聖堂が建てられた。
しかし木造の小さな聖堂は、宇都宮のカトリック共同体が夢見る教会にはほど遠かった。
もっと大きく、もっと堅牢な、石造りの本格的な聖堂を。
その夢が、スイス人建築家を呼び寄せた。

マックス・ヒンデルと、故郷の大聖堂
マックス・ヒンデル(1887〜1963年)
スイス出身の建築家で、大正末期から昭和初期にかけて日本に滞在し、数々のカトリック建築を手がけた。
函館市のトラピスティヌ修道院などを設計した人物で、松が峰教会の設計にあたっては、故郷であるスイス最大のロマネスク建築・グロスミュンスター大寺院を思いながら、地元の大谷石を用いたと言われている。
グロスミュンスターはチューリッヒに建つ中世の大聖堂で、ツヴィングリの宗教改革が始まった場所としても知られる。
故郷の大聖堂を心に思い描きながら、宇都宮の土地固有の石を使って設計する。
ヒンデルのアプローチは、第75話のフランク・ロイド・ライトと似ている。
ライトが帝国ホテルで大谷石を選んだように、ヒンデルも同じ石を選んだ。
そして聖堂の2階の内外壁に用いられている大谷石は、旧帝国ホテルに用いられた大谷石と同じ採石場から切り出されたものだ。
躯体を近代工法である鉄筋コンクリート造にし、地域固有の建材である大谷石を組み合わせた、伝統とモダンが組み合わされた教会建築となった。
1932年11月20日に竣工し、11月23日に献堂式が挙行された。

宮沢賢治とカエルのガーゴイル
この教会には、思いがけない隠し要素がある。
盛岡の教会から松が峰教会へ赴任してきたプジェ神父は、宮沢賢治と親交が深く、二人の交友の記念として、『蛙のゴム靴』の「カン蛙」が教会のガーゴイルになっている。
地上にはカエル仲間のブン蛙やベン蛙まで置かれている。
中世ヨーロッパのロマネスク建築に欠かせないガーゴイルは、通常は怪物や悪魔の顔をした雨樋だ。
しかし松が峰教会のガーゴイルは、長靴を履いたカエルだ。
宮沢賢治の童話から生まれたカエルが、大谷石の教会の壁に張り付いている。
スイスの大聖堂を夢見た建築家と、岩手の詩人の物語が、宇都宮の大谷石の教会で交差した。
空襲で屋根が燃え、戦後に復元した
第77話で書いた1945年7月12日の宇都宮空襲、あの夜、松が峰教会も被災した。
昭和20年の宇都宮空襲において、屋根と礼拝堂が被災し焼失してしまったが、戦後すぐに復元を果たした。
大谷石の壁は燃えなかった。
あの空襲で大谷石の建物が火に強いことを証明した(第77話)。
その同じ性質が、教会の石の壁を守った。
屋根は燃えたが、石は残った。
戦後の復元には、信者たちの強い意志があった。
空襲で焼かれても、大谷石の壁が残っていれば再建できる。
その確信が、教会を戦後の宇都宮に蘇らせた。
バロックのパイプオルガンが、大谷石に響く
今日の松が峰教会では、毎週日曜日にミサが行われる。
パイプオルガンの音色が聖堂内に美しく響く。
大谷石の多孔質の壁面が音を吸収し、残響を調整する。
大谷資料館の地下採掘場(第76話)でコンサートが開かれるのと同じ原理で、大谷石は独特の音響空間を作り出す。
石が音楽を育てる。
夜になるとライトアップされ、大谷石の灰緑色の壁が光を受けて浮かび上がる。
宇都宮の夜景の中に、スイスの大聖堂の夢が、大谷石の形で立っている。

三つの石が重なる場所
松が峰教会の大谷石は、帝国ホテル(第75話)と同じ採石場から来た。
同じ山の石が、一方は日本近代建築の傑作になり、もう一方はカトリックの聖堂になった。
そして大谷観音(第78話)の岩壁も、同じ大谷の石だ。
仏教の磨崖仏とカトリックの教会と近代建築が、同じ石を共有している。
石は宗教を選ばない。
石は建築様式を選ばない。
大谷石は弘法大師の千手観音も、
スイス人建築家のロマネスク教会も、
等しく受け入れた。
フランク・ロイド・ライトのプレーリー様式も、宮沢賢治のカエルも。
宇都宮の地面の下から生まれた石が、
仏教とキリスト教と近代建築を、ひとつの場所でつないでいる。

















