乾いているときはくすんだ青緑色に見えるが、水に濡れると色が深まり、コバルトブルーに近い澄んだ青が現れる。
温泉の湯に沈む十和田石は、まるで湖の底を覗き込むように美しい。
その色から「十和田湖の青」を連想させることが、この石の名前の由来だとされている。
十和田湖はここから直線距離で約70キロ、採石場のある比内町からは山を越えた青森県側にある湖だ。
石の名前の湖と、石の産地は別の場所にある。
しかしその色は確かに、十和田湖の透明な水面を思わせる。

1000万年前の海底火山が作った石
十和田石の正式名称は「緑色凝灰岩(グリーンタフ)」だ。
大谷石(第75〜81話)と同じ凝灰岩、火山灰が固まった石の仲間だ。
しかし生まれ方と性質は異なる。
約1000万年前、
日本海が形成される過程で東北地方の海底で大規模な火山活動が起きた。
噴出した火山灰が海底に積み重なり、長い時間をかけて圧縮・固化した。
その際に重要なことが起きた。
海底という「酸素のない環境」で固まったため、石に含まれる鉄や金属元素が酸化されなかった。
鉄が錆びなかった。
この「還元状態」が、あの独特の青色を生み出している。
大谷石の灰緑色は火山灰の色そのままだが、十和田石の青は「酸化しなかった鉄の色」だ。
海底の闇の中で、酸素に触れることなく固まった石が、1000万年後に人間の浴室で水に濡れて、コバルトブルーに輝く。
世界でただ一か所、秋田県大館市比内町
十和田石を産出するのは、世界でただ一か所。秋田県大館市比内町の薬師山だけだ。
比内町といえば、日本三大地鶏のひとつ「比内地鶏」の産地として知られる。
秋田県が誇る食のブランドと、石のブランドが同じ土地から生まれている。
大谷石の産地・宇都宮が「餃子の街」でもあるように、名産品は複数重なることがある。
採石場は地上から斜坑(斜めに掘り進む坑道)を使って地下に入り、10メートルごとに柱を残す「残柱式」で採掘している。
坑内では電動チェーンソーで四角く石塊を切り取り、地上に運び出す。
年間採掘量は約3000トン、大谷石の最盛期の数百万トンと比べると、極めて小規模だ。
採掘を一貫して手がけるのは中野産業株式会社(昭和48年設立)。
事前に連絡すれば採石場の見学も可能で、地下の採掘現場に潜入できる。
大谷資料館(第76話)ほどのスケールではないが、ここでしか見られない地下空間が広がっている。
地下数百メートルまで埋蔵が続くと推定されており、資源としての枯渇はまだ先のことだが、年間3000トンという採掘量の小ささが、この石の希少性を物語っている。

水に濡れると変わる石
十和田石の最大の特徴は「水に濡れたときの変化」だ。
乾いた状態では青みがかった緑灰色。
しかし水に濡れると色が鮮やかになり、深みのあるコバルトブルーに変化する。
この変化は、石の多孔質構造が水を吸い込み、光の反射が変わることで起きる。
温泉や浴槽に使われた十和田石が最も美しく見えるのは、まさに濡れているときだ。
湯気の立ち込める浴室で、水に濡れた十和田石の壁と床が青く輝く、その光景が「やすらぎの青」という言葉を生んだ。
さらに石粉を水に溶かすとpH9程度の弱アルカリ性を示す。
温泉水の多くが弱アルカリ性であることを考えると、十和田石と温泉の相性の良さは化学的にも説明できる。
肌に優しい弱アルカリ性の石が、肌に優しい弱アルカリ性の温泉水と出会う。
温泉に選ばれる理由
近年の研究では、十和田石のさまざまな機能性も注目されている。
保温性、防滑性、調湿性、抗菌性。
温泉や浴場で長く使われてきた理由が、科学的にも少しずつ説明されるようになってきた。
特に重要なのは、水に濡れても滑りにくいことだ。 浴場の床材として使う以上、美しさだけでは足りない。 裸足で歩き、水が流れ、湯気が立ち込める場所で、安全に使えることが求められる。
十和田石は、その条件を満たしていた。
青く美しいだけではない。
濡れたときにこそ美しく、濡れた場所でこそ力を発揮する。
それが十和田石が温泉に選ばれてきた理由だ。

大谷石と十和田石、二つの凝灰岩
大谷石(第75〜81話)と十和田石は、どちらも凝灰岩という共通点を持つ。
どちらも火山灰が固まった石で、多孔質で加工しやすく、日本の建築文化に深く根付いた石材だ。
しかし二つの石は対照的でもある。
大谷石は関東平野を中心に広く普及し、帝国ホテルから農家の蔵まで、大量に使われてきた「庶民の石」だ。
年間採掘量は最盛期に数百万トンに達し、鬼怒川と鉄道で関東中に届いた。
十和田石は年間3000トン、産地は世界でただ一か所、主な用途は温泉・高級旅館の浴室「希少な石」だ。
大量生産ではなく、選ばれた場所に少量届けられる。
大量と希少。
広域と限定。
庶民と高級。
二つの日本の凝灰岩は、同じ火山の子でありながら、全く異なる道を歩んできた。
次話では、十和田石がなぜ温泉・旅館文化と深く結びついたのかを語る。


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