インペリアル・グリーン
ベルデ・グアテマラ、グアテマラ・グリーン、スパイダー・グリーンとも呼ばれるこの深緑の石は、世界市場では長らく「グアテマラ産」として流通してきた。
しかし今日、「グアテマラ・グリーン」として売られている石の多くは、実際にはインドのラジャスタン州ウダイプール近郊、前話(第52話)のインド蛇紋と同じ産地から採掘されたものに置き換わっている。
一方で、内戦終結後にグアテマラから直接買い付けた原石の在庫が今も日本市場に残っているケースもあり、本物のグアテマラ産が流通していないわけではない。
なぜグアテマラの名がついているのか。その答えは、中米で36年間続いた内戦にある。

オリジナルはグアテマラにあった
かつて、本物のベルデ・グアテマラが存在した。
グアテマラ中部のパサビア近くの山から採掘されていた深緑の石
それがオリジナルのベルデ・グアテマラだ。
エメラルドグリーンから深い濃緑の地色に、暗い脈が走る。
ヨーロッパの石材市場でその美しさが認められ、「ベルデ・グアテマラ(グアテマラの緑)」という名で広く知られるようになった。
しかし採掘は突然、終わった。
36年間の内戦が、石の産地を消した
1960年。グアテマラで内戦が始まった。
その背景には冷戦がある。
1954年、CIAが支援したクーデターが左派系のハコボ・アルベンス大統領を打倒した。
アルベンスは「ユナイテッド・フルーツ・カンパニー(現チキータ・ブランズ)」の未使用土地を農民に分配しようとしたことで、アメリカの利益を脅かすとみなされた。
クーデター後に成立した右派軍事政権への抵抗として、左派ゲリラ組織が結成された。
それが36年にわたる内戦の火種だった。
内戦は山岳地帯と農村部に深く食い込んだ。
パサビア周辺の採石場がある地域も例外ではなかった。
採掘は続けられなくなり、オリジナルのベルデ・グアテマラは市場から姿を消した。
内戦は1996年にようやく終結した。
36年間で20万人以上が死亡し、4万5000人が行方不明になった。
農村部の先住民族マヤ系住民が犠牲の大半を占めた。
国連の調査委員会は、虐殺行為の93%を国家軍と関連組織によるものと認定した。
石の採掘が止まった理由の背後に、これだけの歴史があった。
インドが「代役」を引き受けた
ベルデ・グアテマラが市場から消えた後、石材業者たちは代替品を探した。
インドのラジャスタン州ウダイプール近郊、ケサリャジ(リシャブデオ)地区で採掘される深緑の蛇紋岩系石灰岩が、見た目の類似から代替品として選ばれた。
業者たちはこの石を「ベルデ・グアテマラ」の名でそのまま販売し始めた。
やがて市場には「オリジナル・ベルデ・グアテマラ」と「インディアン・グアテマラ」という二つの表記が混在する奇妙な状況が生まれた。
内戦終結後にグアテマラから直接買い付けた原石の在庫を持つ業者が今も存在する一方、インド産が世界市場の主流となっている。
グアテマラという名前が、産地を超えて独り歩きしている。
グアテマラという名前だけが、内戦を生き延びて世界を旅している。
「蜘蛛の巣」の石
インペリアル・グリーンの別名のひとつに「スパイダー・グリーン(蜘蛛の巣の緑)」がある。
表面に広がる白と黄緑の網目状の脈が、蜘蛛の巣のように見えることから名付けられた。
深みのある暗緑の地色に、細い脈が縦横に走る。
それが「インド蛇紋」との最大の見た目の違いだ。
蛇が這うような流れる脈ではなく、蜘蛛の巣のように広がる繊細な網目。
地質学的には蛇紋岩系(サーペンティナイト)で、欧州規格では「大理石」ではなく「蛇紋岩」に分類される。
しかし世界市場では慣例として「大理石」として流通し続けている。
前話(第47話)のロッソ・アリカンテと同じ事情だ。
名前だけが残った石
石材の世界では、産地が変わっても名前が残ることがある。
ロッソ・ヴェローナがマニャボスキと呼ばれ(第28話)、オリジナルのグアテマラ産が消えてインド産がその名を引き継いだ。
名前は産地より長生きすることがある。
しかしベルデ・グアテマラの場合、名前が残った理由は単純な商業的慣行だけではない。
その背後には、
CIAのクーデター、
バナナ会社の利権、
36年の内戦、
20万人の死という、
中米近代史の最も暗い章が横たわっている。
インペリアル・グリーンの深緑を見るとき、その色の奥にグアテマラの山が見える。
採掘が止まった山、
内戦が荒らした山、
今も石が眠っている山。
そしてその名前を引き継いだインドのウダイプールの山も。
二つの山が、ひとつの石の名前を共有している。
インペリアル・グリーンについて詳しく知りたい方は、こちらもご覧ください。
インペリアル・グリーン(オリジナル ヴェルデグアテマラ産)の商品情報


















