【大理石の物語 65】ビアンコカララと、ナポレオンの妹エリザ

ナポレオン・ボナパルトには三人の妹がいた。

エリザ、ポーリーヌ、カロリーヌ、三人それぞれが兄の帝国の中で役割を与えられたが、本当の意味で政治的権力を持ったのはエリザだけだった。

ナポレオンは言った。
「私の妹エリザは男のような精神を持ち、強い性格と高貴な資質と卓越した知性を持つ。彼女は逆境に屈しないだろう」。

そのエリザがカッラーラを手に入れ、ビアンコカララの歴史を大きく動かした。

妹にカッラーラを贈った兄


1806年3月31日
ナポレオンはマッサとカッラーラをイタリア王国から切り離し、妹エリザの所領に加えた。
エリザはすでにルッカとピオンビーノの公女だった。

カッラーラはヨーロッパ最大の白大理石の産地であり、この追加はエリザの経済的基盤を大幅に強化するものだった。
しかしエリザは単なる「お飾りの支配者」ではなかった。
彼女はカッラーラを手に入れると、すぐに行動に移した。

「石の輸出」から「彫刻の輸出」へ


エリザがカッラーラで最初に着手したのは、美術アカデミーの設立だ。

それまでカッラーラは白い石を原石のまま輸出していた。
エリザはそれを変えようとした。

石をそのまま売るのではなく、石から彫刻を作り、付加価値をつけて輸出する。
現代の経済用語で言えば「産業高度化」だ。

エリザはカッラーラに「ボザール(美術アカデミー)」を設立し、ヨーロッパ最高の彫刻家たちを招いた。
指揮を任せたのは彫刻家ロレンツォ・バルトリーニ。
後にリストやショパンの肖像彫刻で知られる名手だ。

さらに彫刻家や石工を支援するための「バンク・エリジエンヌ(エリザ銀行)」まで設立し、芸術家への金融支援を行った。

原石より彫刻の方が価値が高い。
その単純な事実に気づいたエリザは、カッラーラを「石材産地」から「彫刻輸出地」に変えようとした。

この発想は今日のカッラーラのアカデミーに受け継がれ、世界中から彫刻を学ぶ学生が集まる場所になっている。

宮廷にパガニーニがいた


エリザの宮廷にはもうひとつの顔があった。

ニッコロ・パガニーニ
19世紀が生んだ最大のヴァイオリンの天才がエリザの宮廷ヴァイオリニストを務めていた。
「悪魔に魂を売った男」と噂されるほどの超絶技巧の持ち主が、カッラーラとルッカの宮廷で演奏した。

パガニーニはエリザの夫フェリクス・バチオッキにヴァイオリンのレッスンも行った。
バチオッキについてナポレオンの弟リュシアンはこう言ったとされる。
「彼は楽器をまあまあ弾けるが、あまりにも始終弾き続けるので、無実の楽器も聴衆も神経にさわる」。

石の山の麓の宮廷で、天才ヴァイオリニストと、へたくそな夫が、同じ楽器を弾いていた。

兄への反抗、そして「カッラーラを取り上げるぞ」 


エリザとナポレオンの関係は常に緊張をはらんでいた。

1811年
ナポレオンはエリザが支配するルッカに徴兵令を発令するよう要求した。
それまで徴兵を免除されていたルッカの市民にとって、これは大きな負担だった。
エリザは渋々従ったが、ルッカ市民の支持を失った。

さらに財政問題でも兄妹は対立した。
ナポレオンはエリザに多額の上納金を要求し続けた。
エリザは独自の行政改革と産業振興(カッラーラの採石場復興もその一環だ)で財源を確保しようとしたが、兄の要求は際限がなかった。

ある時、ナポレオンはエリザの不服従に対してこう脅した。
「カッラーラを取り上げるぞ」
エリザにとってカッラーラはただの領地ではなく、彼女がアカデミーと銀行と採石場を整備して育てた事業の基盤だった。
兄の脅しは急所を突いていた。

ナポレオン没落後のエリザ


1814年
ナポレオン帝国が崩壊すると、エリザも失脚した。

フランス軍が退くと、エリザはフィレンツェのピッティ宮殿を去り、フランス、イタリア(ボローニャ)、オーストリア(グラーツ)と流浪の生活を送った。

1820年
43歳でボローニャにて死去した。

エリザが設立したカッラーラのアカデミーの建物は、旧チーボ=マラスピーナ要塞だ。
エリザ自身がこの建物を美術アカデミーに寄贈し、以来200年以上にわたって美術教育の場として使われている。
エリザの名前は忘れられても、彼女が作った場所は残った。

石を育てた女


ミケランジェロ(第61話)
アナキストの石工たち(第62話)
ラルドを食べた労働者(第63話)
アウグストゥス(第64話)
カッラーラの歴史には多くの男たちが登場してきた。

しかしビアンコカララの歴史を語るとき、エリザ・ボナパルトを忘れてはならない。
石を「彫刻」に変える産業を作り、彫刻家を支援する銀行を作り、アカデミーを作った。
原石を売るだけだった山を、芸術の発信地にしようとした。

ナポレオンが「煉瓦の都を大理石の都に変えた」アウグストゥスを倣ったとすれば、
エリザは「石の山を芸術の山に変えた」女だ。
兄の帝国は崩れた。しかしエリザが作ったアカデミーは今も、カッラーラの山の麓に立っている。
カッラーラの芸術アカデミー
ビアンコカララ スラブ材
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