フィリピンに、国民的英雄の名前をつけた州がある。
その名はリサール州。
マニラから東へ約16キロ、 シエラマドレ山脈の西斜面に広がるこの州は、フィリピンが誇る最大の英雄ホセ・リサールの名を冠している。
そしてこの州の山腹に、テレサ・ベージュの採石場がある。
テレサ・ベージュ
テレサ・ベージュ・ペルラート、テレサ・ベージュ・ロワイヤル、テレサ・ベージュ・クラシコ、テレサ・ベージュ・カーディナル、トロピカル・ベージュ、リサール・ベージュ、フィリピン・ペルラートとも呼ばれるこの石灰岩は、クリームホワイトからライトベージュの温かみのある地色に、薄いグレーや茶色の細かな脈と化石の痕跡が散りばめられる。
これほど多くの名前があるのは、テレサ・マーブル・コーポレーション(Teresa Marble Corporation、以下TMC)が品質グレードや採石場の違いによって石を分類し、それぞれに名前をつけているからだ。
同じ山から、複数の「顔」を持つ石が生まれている。
「ペルラート(真珠のような)」という別名が示すように、磨き上げると柔らかな真珠光沢が生まれる。
第27話のペルラート・シチリア、第29話のノルウェジャン・ローズと同じ「ペルラート」の名を持つ石だ。

ホセ・リサールという人物
ホセ・リサール(1861〜1896年)
フィリピンが最も深く愛する英雄だ。
医師、詩人、小説家、画家、彫刻家、言語学者
リサールは20以上の言語を習得し、ヨーロッパで医学を学びながらフィリピンのスペイン植民地支配を告発する小説を書いた。
1887年の『ノリ・メ・タンヘレ』(我に触れるな)と1891年の『エル・フィリボスタリスモ』(反乱者)
この二作はスペイン植民地政府の腐敗と原住民への差別を鋭く描き、フィリピン全土に民族意識の炎をともした。
スペイン当局はリサールを危険人物とみなし、1892年にミンダナオ島のダピタンへ流刑にした。
しかしフィリピン革命が始まると、反乱との関与を疑われて逮捕された。
1896年12月30日、マニラのルネタ公園で銃殺刑に処された。34歳だった。
処刑の前夜、リサールは詩を書いた。
「Mi Último Adiós(我が最後の別れ)」
祖国への愛と、死への覚悟を綴ったこの詩は、今もフィリピンで最も愛される詩のひとつだ。
処刑される直前に靴の内側に隠し、妹に手渡したとされる。
リサールの死はフィリピン革命の火に油を注ぎ、1898年、フィリピンはスペインから独立を宣言した。
その英雄の名を冠した州の山に、テレサ・ベージュの採石場がある。


リサールの母が祈った聖地で
採石場があるのはリサール州のアンティポロ市周辺だ。
アンティポロには、フィリピンで最も有名な聖地のひとつ、アンティポロの聖母教会(ヌエストラ・セニョーラ・デ・ラ・パス・イ・ブエン・ビアヘ)がある。
1626年からフィリピン人の信仰を集めてきたこの教会の聖母像は、ガレオン貿易の航海者たちを守護する聖母として崇拝された。
そしてホセ・リサールが生まれたとき、難産で命の危険があった母テオドラはこのアンティポロの聖母に誓いを立てた。
「無事に産まれたら、必ず聖地へ巡礼します」と。
リサールは無事に生まれた。
母の誓いの聖地が、後に息子の名を冠した州の採石場と同じ場所にある。
英雄の産地と聖地と採石場が、同じ場所に重なっている。
木材会社の廃機材から始まった採石場
テレサ・ベージュを産出するTMCの創業は1976年。その始まりは、木材会社の廃機材だった。
かつて木材伐採業を営んでいた一家が、事業を転換して大理石採掘を始めた。
手元にあったのは中古のコンプレッサー一台とジャックハンマー数本、家族が資金を出し合って買い揃えた、わずかな機材だ。
最初の一年は、その機材で小さな大理石ブロックを掘り出し、一人の請負業者が運ぶだけの規模だった。
翌年から本格的な採石に移行し、1981年には石材加工機械の専門技術者を正式雇用。
1986年にはセブ島にも採石場を拡大した。
そして今日、TMCはフィリピン大理石産業の第一人者として、月間2万平方メートルのスラブと1万平方メートルのタイルを輸出する規模にまで成長した。
木材会社の廃機材が、フィリピン最大の大理石企業を生んだ。
フィリピンで初めてダイヤモンドワイヤーソーを導入した
TMCはフィリピンの大理石産業において、技術革新の先駆者でもある。
ダイヤモンドワイヤーソー
鋼鉄のワイヤーにダイヤモンド粒子をちりばめた切断工具で、岩盤を効率よく、かつ精密に切り出す現代の採石技術の核心だ。
TMCはこの技術をフィリピンで初めて大理石採掘に導入した。
廃機材で始まった会社が、最新技術の導入でも先頭を走った。
ダイヤモンドワイヤーソーの導入は単なる効率化ではなく、環境への配慮でもある。
爆破採掘に比べて岩盤への損傷が少なく、石材の歩留まりが高く、粉塵や振動も抑えられる。
TMCが「環境にやさしい採掘」を会社の方針として掲げるのは、この技術導入と表裏一体だ。
英雄の名の州から来る石
テレサ・ベージュの温かみのあるクリーム色は、熱帯の光の下で生まれた石の色だ。
フィリピンのシエラマドレ山脈の石灰岩が、長い時間をかけてこの色を作った。
ホセ・リサールが「我が最後の別れ」を靴の内側に隠して処刑された土地の英雄の名を冠した州で、今日も石が掘られている。
木材会社の廃機材で始まった採石場が、フィリピン最大の大理石企業になった。
リサールの母が難産のときに祈ったアンティポロの聖地の近くで、今日も石が切り出され、世界へ旅立っていく。
石は黙っている。
しかしリサール州の山の石には、革命と信仰と家族の起業精神が、静かに詰まっている。
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