この石には、いくつもの名前がある。
ボラカス・ホワイト、ドラマ・ホワイト、ドラマチック・ホワイト、マケドニアン・ホワイト、ジャズ・ホワイト、レックス・ベナート、呼び名は違えど、すべてギリシャ北部ドラマ県のファラクロ山麓から採れる白い大理石だ。
白い地色に、グレーや薄茶色の脈が流れるように走る。
その優雅な表情が「ギリシャのカッラーラ」とも呼ばれる所以だ。
そしてこれほど多くの名前が生まれた背景には、石材業界の商業的な事情と、この産地の圧倒的な規模がある。

産地の名前が「ドラマ」
まず、この石の産地の名前について話さなければならない。
ギリシャ北東部、東マケドニア・トラキア地方。
採石場があるのはドラマ県、英語でそのまま「Drama(ドラマ)」と書く。
演劇、大げさ、波乱、英語で「ドラマ」が持つニュアンスをそのまま地名に冠した石の産地というのは、このシリーズ全55話を通じても初めてだ。
しかしドラマという地名には、それ相応の歴史がある。
ローマ時代にはフィリッポイのローマ植民都市に依存する町として栄え、
ビザンツ時代には要塞都市となり、
9〜13世紀に商業・戦略的重要性を増した。
1206年から1223年は第4回十字軍のラテン人に支配され、
1354年から1371年はセルビア王国に属し、
1383年にオスマン帝国に征服された。
ラテン人、セルビア人、オスマン人、この町は次々と支配者を変えながら生き延びてきた。
まさにドラマの名にふさわしい歴史だ。
1922年のギリシャ・トルコ戦争後には、トルコ系住民が去り、トルコからのギリシャ系難民が大量に流入して人口がほぼ倍増した。
波乱の歴史が、この町の人口構成まで変えた。
タバコと大理石の町
ドラマという町が経済的に豊かになったのは、大理石よりもタバコが先だった。
18世紀以降、ドラマ地方でタバコ栽培が始まり、大きな経済成長をもたらした。
今もタバコ倉庫と往時の大商人の豪邸が残っている。
オスマン帝国時代から続くタバコ産業の遺産が、今も町の景観に刻まれている。
大理石産業が本格化したのは20世紀になってからだ。
しかしその規模は今や桁外れだ。
ドラマ、カバラ、タソス島を含む東マケドニア地域は世界の白大理石総生産量の50%を産出し、毎年150万トン以上が輸出される。
ドラマ大理石はテッサロニキ港の収入の28%を担い、4000人以上の雇用を支えている。
世界の白大理石の半分が、「ドラマ」という名の県から来ている。
採石場の麓に、世界遺産がある
ボラカス・ホワイトの採石場があるファラクロ山の麓に、フィリッポイという古代都市の遺跡がある。
紀元前356年、アレクサンドロス大王の父フィリッポス2世がこの地を征服し、自分の名前をつけてフィリッポイと改名した。
金鉱山の採掘と軍事拠点としての価値を見抜いたフィリッポス2世は、ここに城壁と劇場を建設した。
アレクサンドロス大王が世界征服に旅立ったのは、この地を出発点とした帝国から、という歴史を持つ。
そしてフィリッポイには、もうひとつの歴史的意味がある。
使徒パウロがヨーロッパで初めてキリスト教を伝えた地が、このフィリッポイだ。
2016年にユネスコ世界遺産に登録された。
アレクサンドロス大王の父が作った都市で、パウロがヨーロッパにキリスト教を伝えた。
その遺跡が、ボラカス・ホワイトの採石場のすぐ麓にある。


「ギリシャのカッラーラ」を支配する一家
ボラカス・ホワイトは「ギリシャのカッラーラ」と呼ばれる。
しかしカッラーラと異なるのは、その生産が一社に極端に集中していることだ。
FHLグループはボラカス大理石の世界生産の85%以上を管理している。
4か所の採石場が連結した巨大採石場は面積12万平方メートルを超え、年間300万トン以上が採掘される。
露天掘りと坑道掘りを組み合わせた採掘が24時間体制で行われ、採石場から直接テッサロニキ港まで道路が整備されている。
一社が85%を支配する産地、それがボラカス・ホワイトの現実だ。
だからこそ「ドラマ・ホワイト」「ドラマチック・ホワイト」「マケドニアン・ホワイト」「レックスベナート」など、様々な商品名が生まれた。
同じ地域の似た石を、各社が独自の名前で差別化しようとした結果だ。
なぜこれほど多くの名前があるのか
ドラマ・ホワイト、ドラマチック・ホワイト、マケドニアン・ホワイト、ジャズ・ホワイト、レックス・ベナート、これほど多くの名前が生まれた理由は、石材業界の商業的な事情にある。
同じドラマ県の似た地層から採れる石を、各国・各社が独自の商品名で差別化しようとした結果だ。
産地が同じでも採石場が違えば脈の出方や色調が微妙に異なり、それぞれが独自のブランドとして市場に出回っていった。
ロッソ・マニャボスキ(第28話)やインペリアル・グリーン(第54話)と同じ構図、産地は一つ、名前は無数、というのが石材業界の現実だ。
世界の白大理石の半分を産出するドラマ県の石が、世界中で異なる名前を持つ。
それはこの産地の規模と影響力の裏返しでもある。

白い石が語ること
ボラカス・ホワイトの白は、純白ではない。
グレーや薄茶色の脈が流れ、見る角度によって表情が変わる。
完全な白より、少し複雑な白だ。
ドラマという名の町で生まれ、
アレクサンドロス大王の父の都市の麓から採掘され、
タバコ商人の豪邸が立ち並ぶ町を通り、
テッサロニキ港から世界へ旅立つ。
日本に着いた石は、輸入業者によって様々な名前を与えられ、今日も誰かの床や壁になっている。
石は産地を離れると、新しい名前を持つことがある。
しかしどんな名前で呼ばれても、石はドラマの山から来ている。
それだけは変わらない。
ボラカス・ホワイトについて詳しく知りたい方は、こちらもご覧ください。
ボラカス・ホワイトとはどんな石か
ボラカス・ホワイトの商品情報


















