カッラーラではない。カラカッタでもない。ペンテリコンでもない。
クレマ・マーフィルだ。
スペイン南東部アリカンテ県の小さな山から掘り出されるベージュの石が、過去50年にわたり世界100か国以上に届けられ、ホテルのロビー、空港の床、高級マンションの浴室を飾り続けてきた。
そしてこの石には、知られざる秘密がある。
クレマ・マーフィルは、厳密には大理石ではない。
人口7000人の町が、世界の石を仕切っている
バレンシア州アリカンテ県ピノソ村。
地中海から内陸に60キロほど入った、人口約7000人の小さな町だ。
オリーブ畑とブドウ畑が広がるこの地域に、モンテ・コトという山がある。標高は高くない。
目立つ山でもない。だがこの山の地下に、世界が求める石が眠っていた。
採掘が本格的に始まったのは1950年代だ。
レバンティーナ社をはじめとする採石会社が操業を開始し、クレマ・マーフィルはスペインのアリカンテ州における大理石・石灰岩生産量の80%以上を占めるまでになった。
今日、モンテ・コトの採石場は世界最大の露天掘り石材採石場となっており、過去50年間で世界で最も需要の高い石材となった。
年間採掘量は資料によって差があるが、数十万立方メートル規模ともいわれる。
山がひとつ、着実に削られていく。

世界最大の露天掘り石材採石場として、1950年代から採掘が続いている。
階段状に掘り下げられた採石場は、上空から見ると巨大な円形劇場のような姿だ。
実は大理石ではなく、石灰岩だ
クレマ・マーフィルは長年「大理石」として世界中に売られてきた。
だが地質学的に正確に言えば、これは石灰岩だ。
大理石は石灰岩が地熱と圧力によって変成した岩石だが、クレマ・マーフィルはその変成過程をほとんど経ていない。
モンテ・コトの採石場はパレオゲン紀(約3200万年前)の堆積物からなる地層で、石灰岩として分類される。
欧州規格においても、この石は石灰岩と表記しなければならない。
では、なぜ「大理石」として売られているのか。
理由は単純だ。
研磨すると大理石と見分けがつかないほど美しい光沢が出るからだ。
石材業界では慣習的に「高い研磨性能を持つ石灰岩」を大理石として扱うことがある。
クレマ・マーフィルはまさにその典型で、磨き上げた表面はどんな本物の大理石にも劣らない輝きを放つ。
「大理石の物語」シリーズで最も多く使われている石が、実は大理石でなかった、これがひとつ目の秘密だ。
床に眠る6000万年前の化石
クレマ・マーフィルの表面をよく見ると、不思議な模様がある。
米粒のような小さな楕円形、波のような曲線、点のような斑点、これらはすべて化石だ。
石の表面に見えるこれらの模様は、6000万年以上前の海に生息していた有孔虫などの微小な海洋生物の殻が堆積したものだ。
高級ホテルのロビーの床に磨かれて光っているあの石の中に、6000万年前の海の底の生き物が閉じ込められている。
面白いのは、この化石の模様が品質評価に影響するという点だ。
模様が均一で少ないほど「きれいな石」として好まれ、化石の痕跡が多く出ているものは均一な模様に見えないことが多く評価が下がる傾向がある。
6000万年前の生き物の痕跡が多ければ価値が下がり、少なければ価値が上がる。
石の世界の美意識は、時として地球の歴史より人間の好みを優先する。
廈門に山積みになるスペインの石
クレマ・マーフィルの最大の輸入国のひとつが、中国だ。
中国はスペインからクレマ・マーフィルの原石を大量に買い付け、廈門(アモイ)に集積させている。
廈門は中国最大の石材加工・輸出の拠点であり、世界中の石材がここに集まり、切断・研磨されて各国に出荷される。
クレマ・マーフィルも例外ではなく、スペインから届いた原石が廈門の工場でスラブやタイルに加工されて世界市場に送り出されている。
つまり「廈門加工のクレマ・マーフィル」は産地はスペイン、加工地は中国という石だ。
石そのものは本物だが、「スペインの石材会社から直接来た石」とは流通経路が異なる。
日本市場においても、こうした廈門経由の石材は少なくない。
「クリーム色の象牙」名前に秘められた意味
「クレマ(Crema)」はスペイン語でクリーム色、「マーフィル(Marfil)」は象牙を意味する。
直訳すれば「クリーム色の象牙」だ。
石の名前がそのまま色の説明になっている石は珍しい。
カッラーラはイタリアの地名、トラバーチンはラテン語の地名由来、カラカッタも産地名だ。
だがクレマ・マーフィルは名前を聞いただけで色が頭に浮かぶ。
建築家にも設計者にも、石を知らない施主にも伝わる名前。
これがブランドとして世界100か国に広まった理由のひとつかもしれない。
象牙は今日、ワシントン条約で国際取引が禁止されている。
皮肉なことに、本物の象牙が消えた世界で「象牙色の石」だけが増え続けている。

温かみのあるベージュ、微細な化石の模様、高い光沢。
「クリーム色の象牙」という名前そのままの石だ。
場所を選ばないこの色が、世界100か国の床と壁に広まった。
世界のどこにでもある石
クレマ・マーフィルが世界中に広まったのは、この石の持つ本質的な魅力があるからだ。
温かみのあるベージュは、どんな色とも合わせやすい。
白い壁にも、木の床にも、金属の家具にも。
主張しすぎず、それでいて安っぽくない。
設計者が「無難に使える高級石材」を求めたとき、クレマ・マーフィルは常に候補の筆頭に上がる。
カナリア諸島のランサローテ空港の床に、クレマ・マーフィルが使われている。
中東の高級ホテルのロビーにも。ヨーロッパの邸宅の浴室にも。日本の商業施設にも。
カッラーラの白が「彫刻の石」としての物語を持つとすれば、クレマ・マーフィルは「場所を選ばない石」としての物語を持っている。
大理石でなくても、名前は残る
石材業界に長くいる人間なら誰でも知っている。
クレマ・マーフィルは大理石ではなく石灰岩だ。
世界には似た石がいくつも存在し、廈門を経由して加工された石も市場に出回っている。
それでもこの名前は世界で最も通じる石の名前のひとつだ。
6000万年前の海の底で生まれた石灰岩が、スペインの小さな山で掘り出され、「大理石」という名をまとい、世界100か国に届けられた。
廈門で加工されて日本に届くこともある。
どんな経路をたどっても、石そのものはピノソの山から来ている。
ピノソの山はまだそこにある。
今日も採掘は続いている。
「クリーム色の象牙」は今日も世界のどこかの床で、誰かの足元を照らしている。
それが大理石であるかどうかは、もはや誰も気にしない。
クレマ・マーフィルの石材を見る
本記事で紹介したクレマ・マーフィルは、建材ネットでも取り扱いがあります。
温かみのあるベージュ色と上品な光沢を持つ、世界中で使われてきた代表的な石材です。



















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