【大理石の物語 52】1200年間、屈しなかった王国の石、インド蛇紋という石

「インド蛇紋」
日本ではこの名で知られる深緑の石は、インド北西部ラジャスタン州ウダイプール県のアラバリ山脈から採掘される。
正式にはウダイプール・グリーン、ベルデ・グアテマラとも呼ばれるが、地質学的には蛇紋岩(サーペンティン)系の石灰岩だ。
「蛇紋」という名は、石の表面に走る黒と白の複雑な脈模様が、蛇の鱗を思わせることから来ている。

深みのある濃緑色に、暗い茶色と白の脈が縦横に走る。磨き上げると森の奥深くを覗き込むような光沢が生まれる。
蛇紋岩系の石は方解石系の白大理石より硬く耐久性が高く、傷がつきにくい。武骨な美しさを持つ石だ。

そしてこの石が採れるウダイプールという街は、インド史上最も頑固な抵抗の物語を持つ場所だ。
インド蛇紋 スラブ材

「東のヴェネツィア」と「湖の都」


ウダイプールは「湖の都」と呼ばれる。
ピチョーラ湖、ファテサーガル湖をはじめとする複数の湖が街を囲み、白大理石の宮殿が水面に映える景観は、「東のヴェネツィア」「インド最もロマンティックな街」とも称される。

街の歴史は1553年に始まる。
メーワール王国のマハラナ(王)ウダイ・シング2世が、聖者の助言に従ってアラバリ山脈の麓にこの街を建設した。
前の都・チットールガルがムガル帝国の脅威にさらされていたため、天然の要塞ともなるアラバリの山々に守られたこの地を新たな都として選んだ。
街の名「ウダイプール」は、建設者ウダイ・シングの名に由来する。

インド蛇紋の採石場は、この街の周辺山岳地帯、ケサリャジ地区とドゥンガルプル県に集中している。
採掘が本格化したのは1970〜80年代のことで、比較的新しい産地だ。
しかしこの山のすぐそばで、何百年も前から人々は戦い続けていた。
ウダイプールの夜景

1200年間、ムガルに屈しなかった王国


メーワール王国のシソーディア・ラジプート族は、1200年以上にわたってこの地を支配した。

彼らは「太陽神の子孫」を自称し、名誉と誇りを何よりも重んじるラジプート精神を体現した。

16世紀、アクバル が北インドのほぼ全域を征服していく中で、周辺のラジプート王国は次々とムガル帝国に臣従した。

王女をムガル皇帝家へ嫁がせ、 ムガル軍の将軍として戦場に立ち、 帝国の一員となっていった。

しかしメーワールだけは違った。
王たちは娘を嫁がせることを拒み、 将軍として仕えることを拒み、 臣従することを拒んだ。

「ムスリムの支配者に従うことは、ヒンドゥーの法とラジプートの名誉に反する」

その一点で王国は戦い続けた。

ラジャスタン州南部に広がるメーワール地方。

その中心にある チットールガル要塞 は何度も包囲され、何度も陥落した。

それでも王国そのものは滅びなかった。

8世紀頃に成立したメーワール王国は、ムガル帝国の最盛期にも完全には屈服せず、王朝そのものは20世紀まで存続した。

インド史の中でも、これほど長く独立を守り続けた王国は多くない。

ハルディガティの戦い、そして愛馬チェタック


1576年6月18日。
ウダイプールから北へ約40キロ。
「ターメリック色の土」を意味するハルディガティという山峡で、インド史上最も語り継がれる戦いが起きた。

メーワールのマハラナ・プラタップ(在位1572〜97年)率いるラジプート軍と、アクバルが差し向けたムガル軍が激突した。
ムガル側の総指揮官は、皮肉なことにラジプートの王族出身のラジャ・マン・シング、メーワールが最も軽蔑する「ムガルに仕えたラジプート」だった。

戦いはムガル軍の勝利に終わった。
プラタップの軍は数で大きく劣り、包囲されて退却を余儀なくされた。

しかしこの戦いで語り継がれるのは、プラタップの愛馬チェタックのことだ。

激戦の中、チェタックはプラタップを乗せたまま敵陣に突入し、ムガルの象の上のマン・シングめがけて跳び上がった。
その際、チェタックは象の牙に後脚を深く傷つけられた。致命傷だった。

しかしチェタックは倒れなかった。

傷ついた後脚を引きずりながら、主人を安全な場所まで運び続け、川を跳び越え、そしてプラタップが安全な場所に辿り着いたことを確認してから、息を引き取った。

チェタックの死を嘆いたプラタップは、それ以降の生涯でこの馬を忘れなかったという。
今日もウダイプール近郊のハルディガティには、チェタックの記念碑が建っている。
インドでは今も「チェタック」という名は、忠誠と勇敢の象徴として語られる。

プラタップはその後も山に逃れ、ゲリラ戦でムガルを苦しめ続けた。
メーワールの大部分を奪還し、1597年に死ぬまで、チットールガルだけは取り戻せなかったという無念を抱えながら戦い続けた。
チェタックの記念碑

ジェームズ・ボンドが泊まった「湖上の宮殿」


時代は飛んで、1983年。

ジェームズ・ボード映画第13作『007 オクトパシー』の撮影隊がウダイプールにやってきた。
ピチョーラ湖の小島に建つタージ・レイク・パレス(別名ジャグ・ニワス)

1746年にメーワールのマハラナ・ジャガト・シング2世が夏の離宮として建設したこの白大理石の宮殿が、ボンドの宿敵オクトパシーの「湖上の宮殿アジト」として映画に登場した。
ロジャー・ムーア演じるボンドは、シヴ・ニワス宮殿ホテルに宿泊しながら、湖上の宮殿に潜り込む。

プラタップが命がけで守ったメーワールの王国の都が、ジェームズ・ボンドの舞台になった。
1200年の抵抗の歴史を持つ街が、スパイ映画の絵になる背景として世界に紹介された。

タージ・レイク・パレスは現在も高級ホテルとして営業しており、世界中から観光客が訪れる。
ボンド映画のロケ地として人気の目的地だ。
タージ・レイク・パレス

蛇紋岩の緑が語ること


インド蛇紋の深緑は、アラバリ山脈の鉱物が長い時間をかけて作り出した色だ。
採石場が発見されたのは1970〜80年代と比較的最近だが、その山々はメーワールの王たちが何百年も隠れ、戦い、生き延びた山々だ。

ムガルに屈しなかった王国。
愛馬のために泣いた武将。
ジェームズ・ボンドが潜入した湖上の宮殿。
そしてその山から切り出される、蛇が這うような深緑の石。

インド蛇紋は世界の床や壁を飾る。
しかしその石の産地の山々には、1200年分の意地と誇りが積み重なっている。

インド蛇紋は、深い緑色と蛇が這うような白い脈が特徴の天然石です。 床材・壁材・カウンタートップなど幅広い用途に使用されています。

インド蛇紋を見る

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