【大理石の物語 19】カッラーラの白い山、ミケランジェロが歩いた採石場は今も動いている

イタリア・トスカーナ州の海岸を北へ走ると、夏なのに雪をかぶったような白い山々が見えてくる。


雪ではない。山そのものが白いのだ。


カッラーラ。世界で最も有名な大理石の産地。
ミケランジェロが足を運び、ロダンが石を選び、今日も世界中の彫刻家が訪れるこの山は、2000年以上にわたって人間に削られ続けている。

トスカーナ州カッラーラのアプアーネ山脈。
採石によって山肌が露出し、遠くから見ると雪をかぶっているように見える。
現在も約90〜100か所の採石場が稼働している。

ローマ皇帝が「発見」した山


カッラーラの大理石が本格的に採掘され始めたのは、紀元前1世紀、初代ローマ皇帝アウグストゥスの時代だ。
それ以前のローマは主にギリシャやエジプトから石を輸入していた。
アウグストゥスはこの白い山を「発見」し、帝国の建設に使い始めた。
彼が残した言葉として知られる「レンガの都市を受け取り、大理石の都市を残した」
その大理石の多くがカッラーラから来ていた。


カッラーラの大理石の最大の特徴は白さだ。
炭酸カルシウムの純度が極めて高く、粒が細かく緻密に詰まっているため、磨くと真珠のような光沢が出る。
白地にうっすらと灰色の筋が入るビアンコ・カッラーラ、さらに純白度の高いスタトゥアリオ、等級によって価格も用途も異なり、スタトゥアリオは彫刻専用の最高級品として別格の扱いを受けてきた。

ミケランジェロは「石を探しに」山へ登った


ルネサンスの芸術家たちがカッラーラに目をつけたのは当然の流れだった。
中でもミケランジェロとカッラーラの関係は特別だ。

彼は注文を受けるたびに自らカッラーラへ足を運び、採石場で石を選んだ。
完璧主義者だったミケランジェロは、石の色、質、内部の亀裂の有無まで自分の目で確認しなければ気が済まなかった。


彼がカッラーラに滞在したときのアパートは今も街の大聖堂広場のそばに残っており、建物の壁に石碑が掲げられている。
ヴァティカンのピエタ、モーゼ像、システィーナ礼拝堂の彫刻群。これらの石はすべて、ミケランジェロがこの山で自ら選んだものだ。

ひとつだけ例外がある。フィレンツェのダビデ像。
こちらはすでにフィレンツェに置かれていた「問題の石」を使ったため、カッラーラには行っていない。


ミケランジェロが特に好んだのは、ラヴァッチョーネという採石場の石だった。
現在この採石場には、ミケランジェロへのオマージュとして、トスカーナ出身のストリートアーティスト・オズモが大理石の壁面に「天地創造」を描いた作品が残されている。

ラヴァッチョーネ採石場には現在、ミケランジェロへのオマージュとして、ストリートアーティスト・オズモによる巨大な「天地創造」が描かれている。

「ワイヤーで切る」採掘技術の2000年


ローマ時代、大理石は鉄のノミと木のくさびで切り出された。
岩に切れ目を入れ、そこにくさびを打ち込み、水で膨張させて割る。気の遠くなるような手作業だ。


現在の採掘はダイヤモンドワイヤーソーと重機が主役だ。
鋼鉄のワイヤーにダイヤモンドのビーズを通したワイヤーを高速回転させながら石に当て、1時間に数センチずつ切っていく。
それでも1つのブロックを切り出すのに何時間もかかる。
切り出したブロックは重さ数トン。
それをトラックで山道を下り、港から世界中へ船で送り出す。
カッラーラの街では大型トラックがすれ違う光景が日常だ。

今も世界中の彫刻家が「石を選びに」来る


現在カッラーラには90〜100か所の採石場が稼働しており、世界中に大理石を供給している。
ロンドンのマーブル・アーチ、アブダビのシェイク・ザーイド・モスク(2007年完成)現代の大建築にもカッラーラの石が使われ続けている。


そして今もミケランジェロの時代と同じように、世界中の彫刻家がカッラーラへ「石を選びに」やってくる。
街には彫刻工房が点在し、バチカンとも契約を結ぶカッラーラ彫刻協同組合では、コンピュータを使わず模型から直接石に刻む伝統的な手法で仕事をしている。
依頼は個人の記念像から教会の祭壇まで様々だ。

カッラーラの彫刻工房。世界中から彫刻家や石材業者が石を求めて訪れる。採石場では平日に見学ツアーも行われており、実際の採掘作業を間近で見ることができる。

「歴史を歯磨き粉に変えている」環境破壊の現実


しかしカッラーラには、観光パンフレットには書かれない話がある。


イタリアの有力紙コリエーレ・デッラ・セーラはかつてこう報じた。
「過去20年間の採石量は、2000年以上にわたって採石された総量を超えた」。
重機の発達と世界的な需要増大が、採石のスピードを劇的に上げたのだ。
ある採石場では年間6万トンの大理石を切り出しており、10年前の10倍だという。


問題は量だけではない。
切り出した大理石の「くず」炭酸カルシウムの粉末が大量に発生し、これが川や地下水源を汚染している。
2014年には採石場からの水が引き起こした洪水で多くの被害が出た。

環境活動家たちが「歴史を歯磨き粉に変えている」と批判するのは、この粉末炭酸カルシウムが実際に歯磨き粉の原料として大量に売られているからだ。
ミケランジェロが彫刻のために選んだ石と同じ山から、歯磨き粉の原料が削り出されている。


採石場経営者の側には反論もある。
700〜800人の雇用を守っている。
自然遺産を壊しているのは確かだが、それで700〜800家族が生活している。
美と経済と環境保護の三角形は、今も解決していない。

山は白く、問いは深い


夏でも雪のように見える白い山。その白さは今、採掘によって露出した岩肌の色だ。
2000年前、ローマ人が初めてノミを入れた時、山はもっと緑だった。


ミケランジェロは「石の中にすでに彫刻が眠っている。自分はそれを解放するだけだ」と言ったとされる。
カッラーラの山もまた、無数の彫刻を眠らせたまま、今日も削られ続けている。
その石がどこへ行くのか。
ヴァティカンの祭壇か、ニューヨークのビルのロビーか、スーパーのリフォームコーナーの安売り床材か。
それを決めるのは、石ではなく人間だ。

カッラーラの山は、2000年前から変わらず白い。
変わったのは、その石を見る人間の側なのかもしれない。

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石と建築、芸術と歴史にまつわる物語。 世界の石は、ただの素材ではない。 そこには歴史と建築、人間の物語が刻まれている。

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