【大理石の物語 87】インダス・ゴールドと、誰も読めない文字を持つ文明

インダス・ゴールド
インカ・ゴールド、ゴールデン・キャメル、キャメル・ブラウンとも呼ばれるこの黄金色の石灰岩は、パキスタンの山岳地帯から採掘される。深く均一な黄色の地色に、わずかに茶色の斑点が混じる、化石を含む堆積岩だ。

その名前「インダス」は、パキスタンを流れる大河インダス川に由来する。そしてこの川の名前こそが、人類史上最も謎に満ちた文明の名前でもある。

ピラミッドと同時代に栄えた「無神論の都市」


エジプトで最初のピラミッドが建設されていた頃、インダス川流域には、考古学者たちを今も困惑させる文明が存在していた。

インダス文明、紀元前2600年から1900年頃にかけて、現在のパキスタンと北西インドの広大な地域に栄えた、世界最古の都市文明のひとつだ。
モヘンジョダロ、ハラッパー、メヘルガル、発掘された都市には、整然とした格子状の街路、高度な排水システム、複数階建ての住居、そして公共浴場まで備わっていた。
考古学者ジョン・マーシャルが20世紀初頭に発見したモヘンジョダロは、「死者の丘」という名を持つ。その都市計画の精密さは、現代の都市にも劣らないと評される。

不思議なことに、モヘンジョダロやハラッパーの発掘からは、王の宮殿も、巨大な神殿も、はっきりとした宗教的崇拝の証拠も見つかっていない。
同時代のエジプトやメソポタミアが壮大な神殿とファラオの墓を残したのに対し、インダス文明の都市には権力者を示す明確な記念碑がない。
この特異性から「神を持たない都市」と呼ばれることもある。
モヘンジョ・ダロの遺跡

100年経っても読めない文字


インダス文明最大の謎は、その文字だ。

印章、土器、石板に刻まれた400以上の独特の記号、ダイヤモンド形、三本指のU字、アスタリスクのような模様を含む卵形。
これらの記号体系は「インダス文字」と呼ばれているが、1920年代の発見以来、100年が経った今も解読されていない。

解読が極めて困難な理由は明確だ。この文字がどの言語族に属するのか、手がかりとなる既知の言語的・文法的基盤が存在しない。
さらに発見された文章のほとんどが非常に短く、繰り返しが多い。印章に刻まれた数文字程度のものが大半で、長文の記録がほとんど見つかっていない。これでは、どんな解読の仮説も検証することが極めて難しい。

2004年には、一部の学者グループが「この記号は単純な絵文字に過ぎず、インダス文明の人々は実質的に文字を持たなかった」と主張する論文を発表した。この説には強い反論もあり、今も議論が続いている。文字なのか、単なる記号なのか、その根本的な問いさえ、決着していない。

研究者ブライアン・ウェルズは15年をかけてハラッパー文字の最大規模のデータベース(676種の記号)を編纂した。彼は度量衡システムの解読では一定の進展を見せたが、言語そのものの解読には至っていない。「オープンマインドを保ち、良いアイデアを形成し、他者にそれを検証させ、発展させてもらうことが必要だ」と彼は語る。
サンスクリット語に基づくインダス文字

エジプトとメソポタミアを結んだ貿易網


文字が読めなくても、インダス文明の生活の広がりは物証から見えてくる。

エジプトやメソポタミア(シュメール)との交易の証拠、そして中央アジアにまで及ぶ鉱物資源への関心、肥沃なインダス川流域には、中東の有名な同時代文明よりも広大で、古い可能性のある帝国が存在していたことを示唆する証拠がある。
インダス文明の印章がメソポタミアの遺跡から発見されており、両文明の間に活発な交易があったことがわかっている。

しかし紀元前2千年紀、この巨大な文明は崩壊した。気候変動による河川の流路変化、あるいは外部からの侵入、崩壊の原因についても、いまだ決定的な答えは出ていない。
都市は放棄され、文字は忘れられ、文明は静かに歴史の中に沈んでいった。

21世紀、カーボンニュートラルの石


インダス・ゴールドは現代において、新しい価値を獲得している。パキスタンの再植林イニシアチブを通じて、最近この石はカーボンニュートラル素材として認証された。

2億年以上前の海洋堆積物が固まった石灰岩
58%が微晶質方解石で構成され、酸化鉄が温かみのある黄色を生み出すことが、21世紀の環境配慮型建築の文脈で新たな評価を得ている。古代文明の記憶を運ぶ石が、未来志向の環境認証を受ける。時間の流れ方として、なんとも面白い構図だ。
インダスゴールド スラブ材

名前の混乱が示すもの


面白いことに、この石の産地について業界内でも認識が一致していない。一部の業者は正確に「パキスタンのインダス川流域」と説明するが、別の業者は「インドが原産」と誤って記載している。インダス川はパキスタンを流れる川であり、インドではない。しかしこの初歩的な誤りが、複数の石材販売サイトでそのまま放置されている。

「インダス」という名前は、インダス文明という人類史上の巨大な謎を内包する名前であるにもかかわらず、その名前の正確な地理さえ、商業の現場では曖昧になっている。文字が読めない文明の名を持つ石が、現代でも産地情報が読めないまま流通している。
そう思うと、奇妙な符合を感じる。

六本木のディスコから、日本に広まった


1994年8月31日、伝説のディスコ「ジュリアナ東京」が閉店した。
その4か月後、同年12月に後継として「ヴェルファーレ」が六本木にオープンした。
インダス・ゴールドが日本で最初に大量に使用されたのは、1994年にオープンしたヴェルファーレの内装だった。
パキスタンから運ばれた黄金色の石が、床や壁だけでなく曲線を描くエレベーターホールのR壁にも大量に使われた。

5000年前の文字を持つ文明の名を冠した石が、バブル後の東京の夜を照らす空間で、初めて日本人の目に触れた。
インダス文明の都市が持っていた整然とした排水システムや浴場とは対照的な、煌びやかで喧騒に満ちた空間で、この石は最初の日本デビューを果たした。
古代の謎と現代の享楽が、同じ黄金色の石の上で出会った瞬間だった。

この使用例をきっかけに、インダス・ゴールドは日本の石材業界に知られるようになり、その後高級ホテルや商業施設など、より落ち着いた空間にも採用が広がっていった。
ヴェルファーレ 両サイドの黄色い石がインダスゴールド

黄金色の石が語らないこと


インダス・ゴールドの黄色は、2億年以上前の海の底に積もった堆積物の色だ。その石が採れる土地の下に、5000年前の都市文明が眠っていた。整然とした街路、洗練された浴場、そして誰も読めない文字。

石は語らない。
文字も語らない。
しかし両者とも、人類が築いたものの記憶を、それぞれの方法で抱えたまま、静かに今日まで存在し続けている。

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石と建築、芸術と歴史にまつわる物語。 世界の石は、ただの素材ではない。 そこには歴史と建築、人間の物語が刻まれている。

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