四万本ほどの黒い石柱が、隙間なく寄り集まり、蜂の巣のように整った六角形の断面を上に向けて、波打ち際まで続き、そのまま海の底へと消えていく。あまりに規則正しく、あまりに人工的で、だから昔の人は、これを自然が造ったとは信じられなかった。ジャイアンツ・コーズウェイ。「巨人の石道」。
伝説はこう語る。アイルランドの巨人フィン・マックールが、海の向こうのスコットランドの巨人と決着をつけるため、海を渡る石の道を築いたのだ、と。



巨人ではなく、冷える溶岩
もちろん、造ったのは巨人ではない。溶岩である。
厚く流れ出た玄武岩の溶岩が冷えていくとき、石は縮む。縮めば、内側に引っぱりの力がたまり、やがて割れる。このとき、たまった力をいちばん無駄なく逃がせる割れ方が、六角形だった。割れ目は冷える面と直角に、つまり真下へと伸びていき、溶岩の層を無数の縦の柱へと切り分けていく。乾いた泥が六角形にひび割れるのと、原理はまったく同じだ。ただ玄武岩では、それが神殿の列柱のような規模になる。
海を挟んだスコットランドのスタッファ島には、同じ溶岩流から生まれた双子がいる。フィンガルの洞窟。六角柱に囲まれたその洞に反響する波の音は、一八二九年に訪れた作曲家メンデルスゾーンに序曲《フィンガルの洞窟》を書かせた。ターナーが描き、女王も訪れた、石が奏でる洞である。自然は、建築家なしに、崇高を組み上げてしまう。

いちばん平凡で、いちばん根源的な石
さて、ここからが本題だ。
これほど人を驚かせ、巨人の伝説まで生んだ玄武岩は、実のところ、地球でもっともありふれた石である。珍しいどころではない。むしろ、この惑星の表面を最も広く覆っている石なのだ。
なぜなら、玄武岩は海の底そのものだから。
大陸が花崗岩でできているとすれば、海洋地殻のほとんどは玄武岩でできている。そして海は地球表面の約7割を覆っている。つまり大理石でも花崗岩でもなく、玄武岩こそが、この星の本当の“表面”なのだ。しかもそれは、いまも造られ続けている。大洋の底の裂け目から、新しい溶岩が絶えず噴き出し、海の床を黒い石で敷き直している。私たちの足元のはるか下で、地球はいまも玄武岩を生み続けている。
視線を上げれば、話はさらに大きくなる。月を見上げたときに見える黒い「海(マリア)」あの暗い平原も、かつての溶岩が固まった玄武岩である。地球の海の底を作り、月の顔に模様を描いた石。
玄武岩とは、そういう石なのだ。
派手な脈もない。華やかな模様もない。鉄とマグネシウムに富むゆえの、ただ黒く、目の詰まった石。けれどもその平凡さこそが、この石が根源的であることの証しでもある。世界を作る材料は、たいてい地味なのだ。

世界の床として
その、海の底を作り、月を覆い、巨人の伝説まで生んだ石が、いま私たちのもとへ届くときの姿は、驚くほど慎ましい。
コンテナに積まれ、切り分けられ、磨かれた、一枚の黒いタイル。オフィスのロビーや、玄関の床に、静かに敷かれた、名もなき黒。その多くは、いま中国から運ばれてくる。惑星をかたちづくる石が、いちばん平凡な顔をして、私たちの靴の下にある。
私たちは毎日、それを踏んでいる。
海の底をつくる石を。
月の「海」を黒く染めた石を。
この惑星そのものを形づくっている石を。
ただの床として。
石の来歴を知って、もう一度その黒を見下ろせば、足元の景色は少しだけ違って見えるかもしれない。

次回予告
世界中の石が集まる港、中国・厦門(アモイ)。天然石が世界へ運ばれる、その巨大な玄関口を訪ねます。
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