【大理石の物語 96】ボルカニックブラックと、世界の石が集まる港

「ティー(tea)」という言葉を、私たちは何気なく使っている。
英語の tea、フランス語の thé、ドイツ語の Tee、オランダ語の thee。ヨーロッパの多くの国で、茶は「テ」に近い音で呼ばれる。
この「テ」という音は、中国のある港から海を渡って世界へ広まった。
福建省南部の言葉、閩南語では茶を「tê(テ)」と言う。
その音を、この港で茶を買い付けたオランダ商人が「thee」として持ち帰り、やがて英語の tea になった。陸のシルクロードを通って広まった「チャ(cha)」とは、まったく別の道をたどった言葉である。
言葉まで積荷にして送り出した、その港の名を厦門(アモイ)という。
そして現代、この港から世界へ送り出されているものの一つが、天然石である。

世界へ開く門


厦門という字は、「大きな門」を意味する。
福建省を流れる九龍江の河口に位置するこの港は、一三八七年、明の時代に海賊に備える砦として築かれた。以来、数百年にわたり、中国が世界へ開く海の玄関口であり続けている。
十六世紀にはポルトガル人が訪れ、十七世紀にはオランダ人が来た。
明の遺臣・鄭成功(コクシンガ)はここを拠点として艦隊を整え、台湾からオランダ勢力を追放した。
一八四二年、アヘン戦争後の南京条約によって厦門は開港し、沖合の鼓浪嶼(コロンス島)には各国の領事館や洋館が建ち並んだ。その街並みは現在、世界遺産として保存されている。
一九八一年には中国初期の経済特区となり、この港は再び世界へ大きく開かれた。
数百年ものあいだ、この港の役目は変わらない。 中国で生まれたものを受け取り、世界へ送り出すこと。 積荷は変わっても、門の役目だけは変わらなかった。

茶の港から、石の港へ


かつて、この門をくぐって世界へ旅立った最大の積荷は茶だった。
武夷山で摘まれた烏龍茶やラプサンスーチョンは川を下って厦門へ集まり、オランダやイギリスの船でヨーロッパへ運ばれていった。
茶葉とともに、「テ」という土地の言葉も海を渡った。 さらに、英語の ketchup の語源も、閩南語の魚醤「ケチャプ(kôe-chiap)」に由来すると考えられている。 この港は、物だけでなく、言葉までも世界へ送り出してきたのである。
しかし時代は変わった。
いま、この古い港を通って世界へ向かう積荷のなかで、大きな存在となっているのが天然石だ。
ボルカニックブラック水磨き穴あき

世界の石が集まる港


現在、厦門とその周辺は世界有数の石材集積地となっている。
毎年開かれる厦門国際石材見本市には、世界中の採石会社や加工メーカーが集まり、数え切れないほどの天然石が並ぶ。
イタリア、スペイン、ブラジル、トルコ、インド、中国。 世界各地の採石場から切り出された原石がこの港へ運ばれ、磨かれ、加工され、コンテナに積み替えられ、再び世界各国へ送り出されていく。
中国各地の石も同じだ。
福建省福鼎のG684、内モンゴルの蒙古黒、海南島の溶岩石。
それぞれ異なる土地で生まれた石が、この港で一堂に会し、世界中の建築へ向かって旅立っていく。
厦門石材見本市

火から、部屋の床まで


ボルカニックブラックも、その旅をたどる石の一つである。
火山の噴火によって生まれた黒い溶岩石は、中国の加工工場へ運ばれ、一枚一枚磨かれ、コンテナ船で海を渡る。 そして遠く離れた街で、玄関やロビー、住宅の床や壁として静かに使われる。
そこに立つ人の多くは、その石が厦門という古い港を通ってきたことを知らない。
思えば、溶岩石をめぐるこの三つの物語は、一つの長い旅だった。
イタリアでは、同じ火山が永く残る石と崩れゆく町を生み出した。(第94話)
次に、その黒い石が地球の海底をつくり、月の「海」を形づくる、この惑星でもっとも根源的な石であることを見た。(第95話)
そして最後に、その石が世界中から一つの港へ集まり、人の手によって建築材料となり、再び世界へ旅立つ姿を見てきた。(第96話)
火山で生まれた黒い石は、海の底をつくり、巨人の伝説を生み、世界中の港を渡り歩き、やがて私たちの足元の一枚の床になる。
その長い旅の最後の門が、福建省の古い港、厦門なのである。
かつて茶が世界へ渡ったように、いま石もまた、この門をくぐって世界へ出ていく。
床に敷かれた一枚の黒い石は、ただの建材ではない。
火山から始まり、海を渡り、世界を巡ってきた、地球そのものの物語なのである。

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