ローマのパンテオンを初めて訪れた人は、まず天井を見上げる。
そして必ず同じ疑問を口にする。
「あの穴、ガラスが入ってるの?」
入っていない。直径9メートルの穴は、2000年間ずっと空に開いたままだ。雨が降れば雨が落ちてくる。嵐の日には滝のように水が流れ込む。それでもパンテオンの床に水は溜まらない。古代ローマ人が仕掛けた「建築の答え」が、今も完璧に機能し続けている。

ローマのパンテオン(紀元後125年頃、ハドリアヌス帝による再建)。「パンテオンを見ずしてローマを去る者は愚者なり」と言われるほどローマを代表する建築物。現役の教会として今も使われている。
「目」という名の穴——オクルス
天井の穴の名前はオクルス(Oculus)。ラテン語で「眼」を意味する。
直径9メートル、厚さ1.5メートル。地上から見上げると小さく見えるが、実際には大型バスがすっぽり通れるほどの大きさだ。
オクルスにはガラスも格子も何もない。ただ空が見える。晴れた日には光の柱が差し込み、時間とともに床の上をゆっくりと移動する。古代ローマ人はこの光を日時計として使っていたとも言われる。
ミケランジェロはこの建物を見て「天使の設計」と称えた。

パンテオンのオクルスと光

雨が「拡散する」仕組み
通常の雨の日、オクルスの真下に立っても、実は思ったほど濡れない。理由は気流にある。
パンテオンの巨大な内部空間は、下から上へと空気が流れる対流を生み出している。その気流の影響で、外から降り注ぐ雨は細かく拡散し、真下に集中して落ちにくくなるのだ。
とはいえ、まったく濡れないわけではない。強い雨の日には水も入り込む。
それでも内部に水が溜まらないのは、床の排水構造と組み合わさっているからだ。
これは意図的に設計されたものなのか、それとも結果としてそうなったのか。
2000年後の建築学者たちは今も議論している。だがひとつ確かなのは、この構造が2000年間機能し続けているという事実である。
床に隠された22個の排水口
とはいえ嵐の日には雨水も入る。そのためにパンテオンの床には別の仕掛けがある。
床全体がごくわずかに中央へ向かって傾斜しており、中心付近に22個の小さな排水孔が設けられている。雨水は自然に中央へ集まり、そのまま地下へと流れていく。
「建築物にとって水は敵」——古代ローマ人はそう心得ていた。
街道にも橋にも排水の仕組みを組み込んだ彼らの発想が、神殿の床にも生きている。


なぜドームが崩れないのか——6層構造の秘密
パンテオンの最大の謎は排水だけではない。直径43.2メートルのドームが、なぜ2000年間崩れないのか。
鉄筋もない、支柱もない。世界最大の無筋コンクリートドームが今も空に向かって穴を開け続けている。
答えはドームの「6層構造」にある。
下層には重い玄武岩や凝灰岩を骨材として使い、上層へ行くほど軽石や火山灰に切り替えていく。
最下部の壁厚は6メートル、最上部のオクルス周辺では1.5メートルにまで薄くなる。
重さを段階的に減らすことで、ドーム全体に均等に力がかかる設計だ。
さらにドームの内側に刻まれた格間(こうかん)「あの正方形のくぼみの連続」も単なる装飾ではない。
ドームの重量を削減するための工夫であり、かつ上に行くほどくぼみを小さくすることで、見上げたときに実際より高く見える錯視効果まで計算されている。
本当の目的は誰も知らない
パンテオンとはギリシャ語で「すべての神々」を意味する。
ローマ神話の神々を祀る万神殿として建てられたと、一般には説明される。
だが実は、この建物の本来の目的を記した古代の文献はほとんど残っていない。
歴史家たちは「おそらく神殿だろう」と推測するしかない状況だ。
なぜオクルスが必要だったのか。
光を取り込むためか、神々との通路のためか、あるいは単純に技術の誇示のためか。
MITの建築学教授ジョン・オクセンドルフはこう語る。
「あれほど巨大なドームを建築し、中央に穴を開けることができたのは、ある意味、技術を誇示しているようですらある」
608年にキリスト教の教会となり、中世には「悪魔が開けた穴」と恐れられ、ルネサンスではミケランジェロが称賛し、今日も毎日数千人の観光客が見上げるあの穴。
パンテオンの穴は、2000年前から空に開いたままだ。
雨が降れば水が落ちてくる。
それでも建物は壊れず、床には水も溜まらない。
理由はすべて説明できる。
気流、排水、構造——古代ローマ人の設計だ。
だが、それでもなお、あの穴を見上げると、
ただの技術では片付けられない何かを感じる。
ひとつの石に、ひとつの物語がある。




















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