同じ山の石だ。
ヴェネト州ヴェローナ県ヴァルポリチェッラの山腹から採れる赤い石灰岩は、ロッソ・ヴェローナ、ロッソ・アンモニティコ・ヴェロネーゼ、ロッソ・アシアーゴ、ロッソ・ブロカード——そして現在の日本市場ではロッソ・マニャボスキという名で流通している。
呼び名は違えど、全て同じ産地、同じ地層から切り出される一枚の石だ。
なぜこれほど多くの名前があるのかは、石材業界の複雑な商流を反映しているが、それはまた別の話にしよう。
今日は、この赤い石が抱えるもうひとつの物語を話したい。


足元に眠る、ジュラ紀の海
ロッソ・マニャボスキが赤い理由は、鉄分だ。
ジュラ紀(約2億年〜1億4500万年前)の海底に積み重なった石灰質の堆積物に、鉄分が染み込んで酸化した。
その過程でレンガ色から深紅まで、複雑な赤の階調が生まれた。
石の表面に丸い節のように見える模様は、アンモナイトの化石だ。
「アンモニティコ」という名前もそこから来ている。
ヴェローナの街を歩けば、広場の石畳や教会の床にそれを見つけることができる。
観光客が何百万人も踏みしめてきた石の中に、1億年以上前の海の生き物が閉じ込められている。
産地はヴァルポリチェッラ、そう、あのワインと同じ谷だ。石とワイン、どちらもヴェローナが世界に誇る産物である。


ヴェローナの街そのものが、この石でできている
ローマ時代から採掘が始まったこの石は、2000年以上にわたってヴェローナの都市を作り続けてきた。
紀元30年頃に完成したヴェローナ・アレーナ(ローマ円形競技場)の観客席、ピエトラ橋、ローマ劇場——街を歩けば至るところにこの赤が顔を出す。
ヴェネツィアのドゥカーレ宮殿にも、
サン・マルコ寺院にも。
ボローニャ、パルマ、クレモナの大聖堂にも。
北イタリアの最重要建築の多くが、この山から切り出された石を使っている。
ヴェローナ県は現在でもイタリア全国の石材輸出の25〜30%を担う一大産地だ。
シェイクスピアが描いた「赤い街」
ウィリアム・シェイクスピアは、ヴェローナを舞台に複数の作品を書いた。
『ロミオとジュリエット』、『ヴェローナの二紳士』。
しかし彼がヴェローナを実際に訪れたかどうかは、400年以上経った今も謎のままだ。
もし訪れていなかったとすれば、赤い石が敷き詰められたあの街の光景を、シェイクスピアは想像だけで描いたことになる。
それはそれで驚くべき話だが、仮に訪れていたとすれば、彼はこの赤い石畳の上を歩き、頭の中でロミオとジュリエットの物語を育てていたかもしれない。
どちらにせよ、「美しきヴェローナ(In fair Verona)」という書き出しで始まるあの物語の舞台は、ロッソ・マニャボスキの赤で染まっている。

ジュリエットの墓は、この石でできていた
ここからが、この石の最も奇妙な話だ。
ヴェローナのサン・フランチェスコ・アル・コルソ修道院の地下に、赤い石棺が安置されている。
「ジュリエットの墓」と呼ばれるものだ。
ロミオとジュリエットは架空の人物である。
シェイクスピアが1596年に書いた戯曲の登場人物であって、史実の人物ではない。
石棺の中に眠っていた人物が誰であれ、ジュリエットではない。
それでも人々は、やってきた。
19世紀初頭にはすでに巡礼地となっており、バイロン卿も訪れた。
チャールズ・ディケンズも1846年の旅行記『イタリアの情景』にこう書き残している。
洗濯物を干す女性に「不運なジュリエットの墓」と案内され、「信じたいとは思っても、案内の女性が信じていると信じる以上のことはできなかった」と。
皮肉屋のディケンズらしい、正直な感想だ。
そしてナポレオンの皇后マリア・ルイーザが訪れたとき、彼女は石棺の欠片を持ち帰り、ネックレスとブレスレットを作らせた。
1820年代のヴェローナの貴婦人たちは、同じ石の欠片を小さな棺の形に加工してペンダントにして首からさげた。
紳士が石棺の欠片を指輪に嵌めて身につけていたという記録もある。
架空のキャラクターの、おそらく別人が眠っていた石棺を削って、宝石にした。
その石棺はロッソ・マニャボスキ、ヴァルポリチェッラの山から切り出された、赤いジュラ紀の石灰岩だ。

世界一有名なバルコニーの、本当の正体
ジュリエットの家(カーサ・ディ・ジュリエッタ)は、ヴァ・カッペッロ23番地にある13世紀の建物だ。
カッペッロ家(英語でキャピュレット家)が住んでいた屋敷とされ、1905年にヴェローナ市が買い取り、観光地として整備された。
中庭に張り出す「世界で最も有名なバルコニー」は、中世の石棺の部材を転用して1936年に取り付けられた。
つまり、あのバルコニーもこの赤い石でできている。
ジュリエットは実在しない。
バルコニーは後世に作られた。
石棺の中身は謎。
なのに毎年何百万人もの人々がここを訪れ、壁に愛の言葉を刻み、ジュリエットの像の右胸を撫でていく。
石というのは、ときに事実より強い何かを宿す。
ロッソ・マニャボスキという赤い石は、架空の恋人たちの物語を、400年以上にわたって支え続けている。
ロッソ・マニャボスキは、アンモナイト化石を含む独特の赤い石灰岩として、現在も世界中で使われている。



















コメント