ノルウェー北部、ノルラン県ファウスケ。
フィヨルドと雪山に囲まれたこの小さな町の山腹から、4億5000万年以上前に生まれた石が今も切り出されている。
ノルウェジャン・ローズ、淡いピンクから深みのあるバラ色まで、白と灰色の脈が走る、北の山が育んだ大理石だ。
この石が面白いのは、その美しさだけではない。
石が辿り着いた場所の話が、桁外れなのだ。



ノーベル平和賞の舞台の床
毎年12月10日、アルフレッド・ノーベルの命日に、オスロ市庁舎の大ホールでひとつの式典が開かれる。
ノーベル平和賞の授賞式だ。
世界中に中継されるあの映像の中で、受賞者が立つ床、バルコニーの欄干、壁の下部、それをよく見ると、淡いピンクの大理石で覆われていることに気づく。
ファウスケの山から切り出されたノルウェジャン・ローズだ。
ネルソン・マンデラも、ミハイル・ゴルバチョフも、バラク・オバマも、国境なき医師団もこの石の上に立ち、賞を受け取った。
北極圏の採石場と、世界平和の舞台が、一枚の石でつながっている。

石の行き先リスト
ノルウェジャン・ローズが使われた場所を並べると、少し笑ってしまうほど豪華だ。
ニューヨークの国連本部
日本の皇居
ノルウェー王宮
オスロ国際空港
そしてデンマークを代表する家具デザイナー、ポール・ケアホルムが手がけた家具にも、この石が使われている。
北極圏のひとつの山が、これほど多くの場所で人を迎えている。
採掘が本格化したのは1884年のことだが、石の歴史はもっとずっと古い。
地質学的には4億5000万年以上前、カレドニア造山運動の時代に石灰岩が熱と圧力で変成し、今のピンクの大理石になった。
北極圏の岩盤がこれほど長い時間をかけて用意した石が、20世紀になって突然、世界中の重要な建物に使われ始めた。

王の夢と、150年の廃墟
実はノルウェジャン・ローズの採掘場は、デンマーク王フレゼリク5世にまで遡る。
18世紀、ノルウェーはデンマークの支配下にあり、ファウスケの大理石も当然デンマーク王のものだった。
1749年、フレゼリク5世はコペンハーゲンに壮大な大理石の教会を建てる計画を立てた。
オルデンボー家の王朝300周年を記念する建造物で、ファウスケから切り出した大理石をふんだんに使う予定だった。
建設は始まった。
石も運ばれた。
コペンハーゲンの港にはこの石を荷揚げするための専用の波止場が作られた。
その場所は「マルモルモーレン(大理石の波止場)」と呼ばれた。
その地名は今も残っている。
しかし資金が尽きた。
王が死んだ。
建設は止まった。
教会は未完成のまま放置されたが、約150年間、コペンハーゲンの街に廃墟として立ち続けた。
壮大な夢の残骸が、風雨にもさらされた。
ようやく完成したのは1894年のことで、完成を実現したのは王ではなく、民間の実業家カール・フレデリク・ティートゲンだった。
「マルモルキルケン(大理石の教会)」として知られるこの建物は、今もコペンハーゲンの象徴のひとつだ。
石は待っていた。王よりも長く。

ピンクの理由
ノルウェジャン・ローズのピンク色は、ドロマイト(苦灰石)と方解石の組み合わせから生まれる。
マグネシウムを約12%含む珍しい組成で、これが独特の色調と耐久性を生み出している。
カッラーラの白大理石が屋外では劣化しやすいのに対し、ノルウェジャン・ローズは塩分にも霜にも大気汚染にも強く、屋外での使用にも耐える。
北極圏の厳しい気候が、かえって石を鍛えたのかもしれない。
同じファウスケの山からは、ピンクのほかにグレー、グリーン、ホワイトと16種類ものバリエーションが採れる。
山の層によって色が変わる。地球の歴史がそのまま積み重なっている。
北の石が、世界へ
ファウスケは人口約6,000人の静かな町だ。
しかしこの町の山が生んだ石は、国連の廊下を歩く各国代表の足元にあり、天皇陛下のお住まいの壁にあり、ノーベル平和賞の舞台の床にある。
北極圏の山が、4億5000万年かけて作った石。それが今日、世界で最も注目される平和の式典を、静かに支えている。
石というのは、黙って、しかし確実に、どこかにたどり着く。
ノルウェジャン・ローズは、北極圏の厳しい自然が育んだ、独特のピンク色を持つ大理石として知られている。



















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