【大理石の物語 9】トレビの泉のコイン伝説、「戻れる」はいつ誰が作ったのか

ローマを訪れた旅行者は、ほぼ必ずここへ来る。
そして後ろを向き、肩越しにコインを投げる。

「もう一度ローマに戻れる」その言い伝えを信じて、毎日何万人もの人がコインを泉に沈めていく。年間に集まるコインは140万ユーロ(約2億円)を超える。

では、この伝説はいつ、誰が作ったのか。その答えは、ほとんどの人が知らない。

ローマのトレビの泉(Fontana di Trevi)。高さ26メートル、幅20メートル。ポーリ宮殿の壁面と一体となったバロック建築の傑作で、1762年に完成した。

そもそも「トレビの泉」とは何か


まず誤解を解くところから始めよう。「泉」という名前だが、地中から自然に湧き出る水ではない。
古代ローマ時代、皇帝アウグストゥスが整備した「ウィルゴ水道(乙女の水道)」全長20キロ以上の水道の終端に設けられた人工の噴水だ。
その水源を発見したのが若い娘(ウィルゴ、乙女)だったという伝説から名前がついた。


現在の姿になったのは1762年。教皇クレメンス12世が建築コンテストを開催し、建築家ニコラ・サルヴィが設計した。
だがサルヴィは完成を見ずに病死し、30年の歳月をかけてようやく完成した。
中央に立つのは海の神ネプトゥーヌス(ポセイドン)。
波立つ貝殻の馬車に乗り、下半身が魚の「海馬」を従えた迫力ある彫刻群は、バロック芸術の最高傑作のひとつとされている。

中央に君臨する海神ネプトゥーヌス。左に豊穣の女神ケレス、右に健康の神サルースが配置される。「水・豊穣・健康」という三つの要素は、この泉が水道事業の一部として持つ意味を体現している。

コイン伝説の「本当の起源」


「コインを投げると戻れる」という伝説の起源は、実は曖昧だ。
誰が言い出したか、いつ始まったか、正確な記録は存在しない。


ひとつの根っこは、古代ローマの風習にある。
ローマ人は泉や井戸に硬貨を投げ入れることで、そこに宿る水の神の気を鎮め、加護を願った。
ヨーロッパ全土に広がる「井戸にコインを投げると願いが叶う」という民間伝承も、この古代の慣習に由来する。
トレビの泉への投げ込みも、こうした大きな流れの中のひとつだ。


別の説では、泉が完成した直後の18世紀に「トレビの泉の水を飲むとローマに戻れる」という言い伝えがあり、それがいつの間にか「水を飲む」から「コインを投げる」に変化したとされる。
完成当時、この泉はローマで最も水が美味しいと評判で、遠方からの巡礼者が好んでここで喉を潤した。
戦地へ赴く兵士に、恋人がこの水を飲ませて誠実さを誓わせたという逸話も残っている。

泉の底に沈む無数のコイン。年間140万ユーロ(約2億円)以上が集まり、カトリックの慈善団体や貧困層向けの食料支援に寄付される。「自分の願いのために投げたコイン」が他者の助けになる仕組みだ。

「戻れる」を世界に広めたのは映画だった


「コインを1枚投げるとローマに戻れる」というルールを世界規模で広めたのは、1954年の映画ではなく、1960年公開のフェデリコ・フェリーニ監督作品『甘い生活(ラ・ドルチェ・ヴィータ)』だ。
スウェーデン人女優アニタ・エクバーグが夜のトレビの泉に入り、ドレス姿で水の中を歩くあのシーンは、映画史に残る名場面として世界中に拡散した。
この映画が、トレビの泉を「ロマンスと伝説の場所」として決定的に刷り込んだ。


よく「ローマの休日(1953年)でコイン伝説が広まった」と言われるが、実はあの映画にコイン投げのシーンはない。
オードリー・ヘプバーンとグレゴリー・ペックがトレビの泉を訪れるシーンはあるが、コインは投げていない。
「ローマの休日とコイン伝説」という組み合わせ自体が、後から混同されてできた誤解だ。

枚数によって変わる「願い」の謎


現在広まっている「1枚=再訪、2枚=恋愛成就、3枚=別れ・離婚」というルールも、誰が作ったかわからない。
特に「3枚で離婚できる」という内容は、かつてカトリック教会が離婚を禁じていた時代の名残とも、単なる後付けのジョークとも言われる。
いつ、どこで、誰がこのルールを定めたかを示す文献は存在しない。


「右手にコインを持ち、左肩越しに後ろ向きで投げる」という作法も同様だ。
起源は不明で、いつの間にか「正しい投げ方」として定着した。

毎日7万人以上が訪れるトレビの泉。2026年2月からはオーバーツーリズム対策として1人2ユーロの入場料が導入された。
観光客が増えすぎた結果、「願掛けの場所」が管理される観光施設へと変わりつつある。

集まったコインの行方


毎週2回、早朝に泉の水が止められ、清掃チームがコインを回収する。
ゴミ袋9袋分、金額にして1日平均40万円ほど。年間では140万ユーロを超える。
集まったコインは、カトリックの慈善団体を通じて貧困層支援や食料配給に使われてきた。
2008年には、その収益をもとに無料スーパーマーケット「エンポリオ・デッラ・ソリダリエタ」も開設された。


ローマ市が「慈善ではなく市の財源にすべき」と方針転換を試み、議論になったこともある。
自分の願いのために投げたコインが、見知らぬ誰かの食事になる。
この皮肉な連鎖もまた、トレビの泉の物語の一部だ。


「伝説」はいつでも作られる


「コインを投げると戻れる」という伝説に、古代からの確かな根拠はない。
水の神への供物という古い慣習、泉の水にまつわる民話、そして20世紀の映画。
それらが融合し、観光の中で広まり、世界中へ輸出されていった。

つまりそれは、最初からあった伝説ではない。

だが考えてみれば、「伝説」とはいつもそうやって作られる。
誰かが始め、誰かが広め、繰り返されるうちに「昔からある話」になる。

そしてその物語を、今度は私たちが続けていく。

トレビの泉の石の神々は、今日も無表情のまま、
何億枚ものコインと、何億通りもの願いを受け止め続けている。


ひとつの石に、ひとつの物語がある。

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