【大理石の物語 30】桃の花が咲く、戦場の山から、フィオル・デ・ペスコという石

「桃の花」という名前の石がある。


フィオル・デ・ペスコ・カルニコ。
イタリア語で「カルニア地方の桃の木の花」。

グレーの地色に白、ピンク、アイボリーの脈が複雑に走り、全体として淡い紫がかった霞のような表情を見せるその模様が、春に咲き乱れる桃の花を思わせることから名付けられた。

この石には、名前の美しさとは似つかわしくない、もうひとつの顔がある。

世界でただ一か所


フリウリ=ヴェネツィア・ジュリア州フォルニ・アヴォルトリ。
ウーディネから北西に約70キロ、カルニア・アルプスの奥深くに分け入った山間の村だ。
オーストリアとの国境まで数キロ。人口は657人。

この村にある採石場が、フィオル・デ・ペスコ・カルニコを産出する世界でただ一か所の場所だ。
フリウリ=ヴェネツィア・ジュリア州で唯一の変成大理石であり、世界中の高級建築が求めてやまないこの石は、ここ以外のどこにも存在しない。

石の年齢は数億年。
地殻変動の熱と圧力を受けた石灰岩が、長い時間をかけて変成し、あの複雑な模様を生み出した。
グレー、白、ピンク、ごくわずかな緑、どの色も主張しすぎず、しかし混ざり合って独自の深みを持つ。
採掘はカルニア・アルプスの厳しい冬を避けた季節限定の作業で、それがこの石の希少性をさらに高めている。
フィオルデペスコ スラブ材

採石場の上空で、砲弾が飛び交っていた


1915年。イタリアが第一次世界大戦に参戦すると、フォルニ・アヴォルトリは一夜にして最前線の村に変わった。

村の周囲の山々——コリアンス山、キアデニス山、アヴァンツァ山、ナヴァジュスト山は
すべてイタリア軍とオーストリア=ハンガリー帝国軍の激戦地となった。
山頂には塹壕が掘られ、イタリアの山岳精鋭部隊アルピーニとオーストリアのカイザーイェーガーが、標高2000メートルを超える岩場で凄烈な近接戦闘を繰り広げた。

村の住民は避難させられた。
村はイタリア軍の前線補給基地となり、野戦病院が置かれた。
フィオル・デ・ペスコを産む採石場は、そのすぐ麓にあった。

戦争が終わり、住民が戻り、採石が再開された。
今も採石場へのハイキング道を歩けば、道沿いに第一次大戦の塹壕跡が残っている。
桃の花の名を持つ石を採る山の上で、百年前は砲弾が飛んでいた。
フィオルデペスコ 規格品

ムッソリーニの都市と、ヴェネツィアのカジノと


戦後、この石は急速に世界へ広がっていった。

1930年代から1950年代にかけて、フィオル・デ・ペスコはイタリアを代表する公共建築に次々と採用された。
ミラノ中央駅(1930年)。
ムッソリーニが「1942年の世界万博のための理想都市」として建設させたローマのEUR地区(1960年竣工)。
ヴェネツィアの公営カジノ(1959年)。
ヴェネツィア・サンタ・ルチア駅(1956年)。

EURはファシズム建築の象徴として知られるが、その床と壁を飾ったのは、第一次大戦の激戦地から切り出された桃の花の石だった。
歴史の皮肉と言うべきか、石は時代の意志とは無関係に、ただ美しく存在し続けた。

セサル・ペリが「万能の石」と呼んだ理由


この石の真価を世界に知らしめたのは、20世紀を代表する建築家のひとりセサル・ペリだ。

アルゼンチン生まれのペリは、ニューヨークのワールド・フィナンシャル・センターに付属するウィンター・ガーデン(1987年竣工)の設計にあたり、フィオル・デ・ペスコ・カルニコを主要素材として選んだ。
吹き抜けの大空間に16本の南国の棕梠が立ち並ぶ、ニューヨーク・バッテリーパークの名建築だ。

ペリはこの石をこう評した。
「フィオル・デ・ペスコ・カルニコはどんな大理石とも組み合わせられる。
緑、赤、オレンジに合う石を探していたが、この石はそれらすべての色味を内包しているので見事にマッチする。
単独で使っても、非常に魅力的な床の表情が生まれる」。

その後ペリはロンドンのカナリー・ワーフ・メインタワーにも同じ石を採用した。
ニューヨークとロンドン、二つの金融都市の中枢を、カルニア・アルプスのひとつの村が支えている。

桃の花が咲く場所


人口657人の山間の村。
世界でここだけの採石場。
第一次大戦の塹壕が今も残る山の斜面。
季節によってしか掘れない、限られた石。

フィオル・デ・ペスコ・カルニコはそういう石だ。
ニューヨークの金融街の床に敷かれ、
ロンドンのビジネスの中心を飾り、
ムッソリーニが夢見た都市の壁に嵌め込まれ、
ヴェネツィアのカジノで賭け事をする人々の足元にある。

それでも石は、カルニア・アルプスの奥深い山から離れたことはない。
どこへ行っても、そこに戦場の記憶と、桃の花の名前を持ち続けている。

フィオル・デ・ペスコ・カルニコは、淡いピンクやグレーが混ざり合う独特の表情を持つイタリアの希少な大理石として知られている。

フィオル・デ・ペスコ・カルニコを見る

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石と建築、芸術と歴史にまつわる物語。 世界の石は、ただの素材ではない。 そこには歴史と建築、人間の物語が刻まれている。

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