1994年7月、ポルトガル中部のセラ・ダイレス・エ・カンデイロス自然公園内にある採石場で、若い作業員が石灰岩の表面に奇妙な窪みを発見した。調査の結果、それは1億7500万年前ジュラ紀中期の竜脚類恐竜の足跡だとわかった。足跡の長さは最大95センチ、幅70センチ。想像を絶する巨大な生き物が、かつてここを歩いていた。
発見されたトラックウェイ(足跡が続く道筋)は20本以上。その中の1本は長さ147メートル、当時世界最長のサウロポッド類の足跡として記録された。1996年に自然記念物に指定され、今日は「ガリーニャ採石場恐竜足跡自然記念物」として一般公開されている。
そしてこの恐竜の足跡が発見された場所のすぐ近くに、モカ・クリームの採石場がある。
石灰岩が恐竜を保存した
なぜポルトガルのこの地域に恐竜の足跡が残ったのか。答えは石灰岩という石の性質にある。
1億7500万年前、この地域はテチス海に面した浅い沿岸部だった。恐竜たちが泥の干潟を歩くたびに、その足跡が地面に刻まれた。やがて干潟が海の堆積物に覆われ、足跡ごと固まっていった。
炭酸カルシウムが長い時間をかけて固化し、石灰岩になった。足跡はその石灰岩の中に1億7500万年間、眠り続けた。
そして採石業者がその石灰岩を掘り始めたとき、石の床が現れ、足跡が再び日の光を浴びた。
恐竜を保存したのも石灰岩、採掘によって発見されたのも石灰岩を掘っていたからだ。石材産業と古生物学が、思いがけない形で交差した。


モカ・クリームという石
モカ・クリーム(Moca Cream、またはMoca Creme)、ポルトガルを代表する石灰岩だ。名前の「モカ」は産地周辺の地名に由来するとされ、「クリーム」はその柔らかなベージュ色を表している。
産地はリスボンの北約100キロ、サンタレン県アルカネデのペダ・ダ・ペドレイラ地区、まさに恐竜の足跡が発見された自然公園と同じエリアだ。
クリームがかったベージュの地色に、平行に走る細い筋と化石の痕跡、モカ・クリームは「直接の競合がほとんどない」と言われるほど独自の表情を持つ石だ。
細粒(グラン・フィーノ)、中粒(グラン・メディオ)、粗粒(グラン・グロッソ)とテクスチャーのバリエーションはあるが、建築用石材としては大まかにモカクリームライトとモカクリームダークとに別れて使われている。
20社以上の中小採石業者が、この地区の採石場を運営している。直接雇用は200人以上。採石地はセラ・ダイレス・エ・カンデイロス自然公園の保護区内にあり、採掘と自然保護の間のバランスが常に問われている。

世界市場の「定番石」
モカ・クリームはポルトガル最大の輸出石材だ。ヨーロッパ、北米、中東、アジア、世界中の高級建築の外壁、床材、カウンタートップに使われている。
特に中国市場の需要が近年急増した。ビアンコカララ(第61〜74話)やトラバーチン(第85〜87話)が中国の建設ラッシュに乗ったのと同じ流れで、モカ・クリームも中国への輸出量が急増した。ブロックの形でほとんどが中国に輸出され、現地で加工されてスラブやタイルになる。第73話(中国市場)で書いたパターンがここでも起きている。
「直接の競合がほとんどない」という特性が、このグローバルな需要を支えている。似たようなベージュの石はトルコにもスペインにもあるが、モカ・クリームの独特の平行筋と化石の質感は他に代えにくい。

ブランコ・ド・マール「海の白」という名の石
同じポルトガルの石灰岩産地から、もう一種類の石が産出される。ブランコ・ド・マール(Branco do Mar)ポルトガル語で「海の白」を意味する石灰岩だ。
産地はポルトガル中部レイリア県ポルト・デ・モスのサルゲイラス・アリマル地区、モカ・クリームの採石場と同じセラ・ダイレス・エ・カンデイロス自然公園内だ。モカ・クリームのアルカネデからわずか数十キロの距離で、同じジュラ紀の石灰岩地層から採掘される。
ブランコ・ド・マールの色はモカ・クリームより白いアイボリーホワイトからライトクリームの地色に、小さな褐色の粒と化石が散りばめられている。「海の白」という名が示すように、貝殻や有孔虫などの海洋生物の化石が石の表情を作っている。
モカ・クリームとブランコ・ド・マールは兄弟のような石だ。同じ地質、同じ時代、同じ自然公園、しかし色と質感がわずかに異なる。モカ・クリームは温かみのあるベージュ、ブランコ・ド・マールはより白く明るい。
設計者の好みやプロジェクトのトーンによって、どちらを選ぶかが決まる。

採石場と恐竜、石の産地が「発見の場所」になる
恐竜の足跡が発見されたガリーニャ採石場は今も、観光客が自由に訪問できる。入場料も自動音声ガイドもない。ただ石灰岩の床の上を歩き、1億7500万年前の足跡を直接見ることができる場所だ。雨が降ると足跡に水が溜まり、かえって形がはっきりわかるとも言われている。
採石という行為は、石を消費することでもある。しかし同時に石を掘ることで、石の中に眠っていた歴史が明らかになることもある。
シナイ半島の採石場がアルファベットの起源を壁に残し(第49話)、
ティヴォリの採石場がゲッティセンターに届く石を生み出し(第87話)、
ポルトガルの採石場が恐竜の足跡を世界に届けた。
モカ・クリームの採石場のそばに、1億7500万年前の恐竜が歩いた石灰岩の床が残っている。
石を掘る人間と、石の中に眠る記憶が、同じ場所で共存している。





















