405号線を走っていると、丘の上に白く輝く建物群が現れる。コンピューター制御のトラムで丘を登ると、太平洋とロサンゼルスの街並みを見下ろす、明るい石のキャンパスが広がる。
その壁も、床も、階段も、すべて一つの石で包まれている。
ローマ近郊ティヴォリのトラバーチンだ。。

1万6000トンの石、葉と羽根と枝の化石を探す
ゲッティセンターには約1万6000トンものトラバーチンが使われている。
だが建築家リチャード・マイヤーは、この石を磨こうとはしなかった。
自然に割れたままの表面、劈開面(へきかいめん)を、そのまま建物に使ったのである。
すると石は、もう一つの表情を見せ始めた。


石の中に葉を探す
壁へ近づくと、小さな葉が見える。
羽根のような模様もある。
細い枝の跡もある。
温泉の堆積物に閉じ込められ、数十万年眠っていた植物の痕跡だ。
ゲッティセンターでは、美術品を見るために訪れた人が、帰るころには壁の石に化石を探している。
展示室だけが展示ではない。
建物そのものが、一つの展示品なのである。
なぜマイヤーはトラバーチンを選んだのか
マイヤーは十三年をかけて、この建物を設計した。
アルミニウムだけでは冷たすぎる。
コンクリートだけでは歴史が足りない。
大理石では整いすぎる。
彼が求めたのは、数十万年という時間が刻まれた石だった。
白いアルミニウムが現代を語るなら、トラバーチンは地球の時間を語る。
その対比こそが、ゲッティセンターという建築の個性になった。
モダニズム建築とトラバーチン
実はマイヤーが最初ではない。
1929年、ミース・ファン・デル・ローエもまた、バルセロナ・パビリオンでトラバーチンを選んでいた。
ガラスと鉄だけで語られることの多いモダニズム建築は、その足元でいつもトラバーチンを使っていたのである。


ローマからロサンゼルスへ
第104話では、この石がローマを支えたことを書いた。
第105話では、ベルニーニが伝書鳩で採石場へ注文を送っていたことを書いた。
その同じティヴォリの石が、二千年後には太平洋を望む丘の上で、新しい美術館になっている。
石だけが、時代を越えて旅を続けている。
最後に
コロッセオを支えた石。
ベルニーニの列柱廊になった石。
そしてゲッティセンターの壁になった石。
そのすべては、ローマ近郊の温泉が、何十万年もかけて積み重ねた一つの石だった。
ローマの東で生まれたトラバーチンは、いま太平洋を見下ろす丘の上で、世界中から訪れる人々を迎えている。
石は動かない。
そう思われている。
だが、本当に旅を続けているのは、人ではなく石なのかもしれない。


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【第1話】温泉が石を作る
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「トラバーチン」という名前の由来。
【第3話】ローマは、なぜトラバーチンでできているのか
都市を二千年支えた石。
【第4話】ベルニーニの伝書鳩
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【第8話】トルコの逆襲
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