トルコ南西部、パムッカレの丘だけは違う。ここでは今日この瞬間にも、新しい石灰の層が積み重なっている。

綿の城
遠くから見ると、丘の斜面いっぱいに雪が積もっているように見える。近づくと、それは無数の白い棚田、高さ1〜6メートルほどの石灰棚が百段以上も連なる、蓮の葉を重ねたような地形だとわかる。地元では古くから良質の綿花の産地でもあったことから、この白さと合わせて「パムッカレ(綿の城)」と呼ばれてきた。
仕組みそのものは、第1話で見たトラバーチンの誕生と同じである。
弱酸性の雨水が石灰岩に染み込み、地下深くで地熱に温められて温泉となる。湯が地表へ湧き出すと圧力が下がり、二酸化炭素を放出する。その結果、溶けていた炭酸カルシウムが白く析出し、石となって積み重なっていく。
違うのは、その時間の見え方だ。
パムッカレの石灰棚は、平均して年間約一ミリずつ厚みを増しているといわれる。
人の目には止まって見える。しかし百年で十センチ、千年では約一メートル。地球は人には見えない速さで、今日も静かに石を積み重ねている。
ティヴォリが「過去に堆積を終えた鉱床」なら、パムッカレは「現在進行形の堆積」そのものを見せてくれる場所なのである。

女王の名を継いだ都市
この白い丘の上に、紀元前二世紀、ペルガモン王国の王エウメネス二世は保養都市ヒエラポリスを築いた。
町の名は、伝説上のアマゾン族の女王ヒエラに由来すると伝えられている。
ローマ帝国の時代になると、この町は温泉保養地として大いに栄えた。
円形劇場が建ち、大浴場が築かれ、列柱の並ぶ大通りが整えられる。
湧き出る温泉は心臓病やリウマチに効くと信じられ、皇帝から旅人まで、多くの人々がこの丘を訪れた。
トラバーチンは建築材料である以前に、人々が浸かる温泉そのものと切り離せない石だったのである。

沈んだ柱
丘の上には、今も水を湛えたひとつの温泉プールが残っている。俗に「クレオパトラの温泉」と呼ばれるこのプールの底には、七世紀の大地震で崩れ落ちた古代の大理石柱が、そのまま横たわっている。
104話で見た秩序を思い出したい。ローマでは、大理石は「見せる表」、トラバーチンは「支える裏」という役割分担があった。
だがこのプールでは、その順序がひっくり返っている。表を飾るはずだった大理石の柱が、地震ひとつで、トラバーチンが生み出し続ける温泉水の底に沈められてしまったのだ。
人が築いた秩序を、地面がゆっくりと呑み込んでいく。

都市は滅びても
ヒエラポリスはその後も地震のたびに再建された。
しかし1354年の大地震によって、ついに人々は町を去った。
円形劇場も浴場も、いまは静かな廃墟として丘の上に残されている。
けれど、その足元の石灰棚だけは成長を止めなかった。
現在では景観保護のため水量や立ち入りは厳しく管理されている。それでも丘のどこかでは今日も湯が斜面を流れ、炭酸カルシウムが白い膜を一枚ずつ重ね続けている。
都市は滅びた。
神殿も劇場も廃墟になった。
しかし温泉だけは、二千年前と同じように静かに息を吐き、新しい石を生み続けている。
パムッカレは、完成した石を見る場所ではない。
石が生まれ続ける、その現場を見る場所なのである。
私たちは石を「永遠に変わらないもの」だと思いがちだ。 だが、この白い丘に立つと、その考えは静かに裏返される。
石は遠い過去の遺物ではない。
地球はいまこの瞬間も、新しい石を作り続けている。
そして、その営みは、人が築いた都市よりも長く続いていくのである。

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