【大理石の物語 24】世界の怒りを受け止めてきた石、ティノス・グリーンと国連の演壇

国連総会のホールに立つリーダーたちは、みな同じ石の前で話す。

演壇の背後に広がる深い緑の大理石。核廃絶を訴えた演説も、戦争の終結を宣言した声明も、気候変動への怒りも、すべてこの石を背景に世界へ届けられた。

その石はエーゲ海の小さな島から来ている。

グリーンだが、実際は深い緑から黒に近い


ティノス・グリーンと呼ばれるこの石は、名前に反して明るい緑ではない。
深みのある暗い緑、場所によっては黒に近く、白い方解石の細い脈が走っている。
光の当たり方によって、深海のような重みを感じさせる色だ。

正式な岩石分類では蛇紋岩(サーペンティナイト)に近い変成岩で、厳密には大理石とは異なる。
だが石材市場では長年「ティノス・グリーン大理石」として流通しており、磨き上げた表面は艶やかな光沢を放つ。

採掘されるのはギリシャ・キクラデス諸島のティノス島、北部のパノルモス周辺。
この採石場が世界市場に石を送り始めたのは1911年のことだ。

ティノス島の白大理石の歴史が5000年近く続いているのと対照的に、グリーンの石は20世紀に入ってからようやく「発見」された比較的新しい石だ。

島は白と緑、二つの石を持っていた


ティノス島はエーゲ海の石の島だ。
ミコノスの隣に位置するこの島は、古代から大理石の産地として知られ、職人の島として名高かった。

島のピュルゴス村では今も大理石彫刻の学校が続いており、2015年にはティノスの大理石職人技術がユネスコの無形文化遺産に登録された。
パルテノン神殿の修復工事に参加するティノス出身の職人も少なくない。

この島が長く世界に送り出してきたのは白大理石と腕利きの職人たちだった。
しかしグリーンの石は、まったく別の舞台で名を上げることになる。
ティノスグリーンの採石場
ティノス島北部のパノルモス周辺。 白大理石の採石場が古代から続くこの島に、1911年にティノス・グリーンの採掘が始まった。
深みのある暗緑色、白い方解石の脈、この石が世界の舞台に登場するまでには、もう少し時間がかかった。

1952年、国連総会ホールに選ばれた


1952年、ニューヨークのマンハッタン、イースト川を見渡す敷地に国連本部が完成した。
ジョン・D・ロックフェラー・ジュニアが土地を購入・寄付し、10か国の建築家チームが設計を担当した。

総会ホールの演壇には、深い緑の石が張られた。
ティノス・グリーンだ。
議長席、演説台、その背後の壁面、世界193か国の代表が集う場所の「顔」として、エーゲ海の石が選ばれた。

なぜこの石だったのか。
設計チームは石の色と重みに、ある種の中立性と格調を見たのかもしれない。

赤でも白でも黒でもない、深い緑。

特定の国の旗の色を連想させず、それでいて権威と落ち着きを感じさせる色。
国連という場所にふさわしい石として、ティノス・グリーンは選ばれた。

その石の前で語られたこと


以来70年以上、ティノス・グリーンは世界の言葉を受け止めてきた。

フィデル・カストロが1960年に4時間半の演説を行い、
ケネディが核問題を訴え、
ゴルバチョフが冷戦の終結を語り、
マンデラが演壇に立ち、
グレタ・トゥーンベリが気候変動への怒りをぶつけた。

世界の歴史を動かした無数の言葉が、この深緑の石を背に発せられた。
国連総会ホールの演壇
ニューヨーク国連本部の総会ホール。
演壇背後の深緑の大理石がティノス・グリーンだ。
1952年の開館以来、世界のリーダーたちはこの石の前で語ってきた。
核廃絶、戦争と平和、気候変動——世界の歴史的瞬間を見届けてきた石だ。

トランプが「安物の石」と言った


2012年、ドナルド・トランプは自身のツイッターにこう書いた。

国連演壇の背後にある安物の12インチ角の大理石タイルがずっと気になっている。
頼まれれば、美しい大きな大理石スラブに替えてやる。

不動産開発で名を上げ、豪華なロビーと高級石材にこだわり続けた男には、あの小さなタイル割りが「安物」に見えたのだろう。
だが建築史家の目から見れば、1952年当時のモダニズム建築における石の使い方として、あのタイル割りは時代の美学を体現したものだ。 トランプの申し出は断られた。ティノス・グリーンは今も演壇にある。
ティノスグリーンの300×300の規格品

ティノスグリーンのスラブ材

ティノスグリーンの規格タイルとスラブ材


ティノス・グリーンには、30cm角などの規格タイルと、大きなスラブ材がある。

スラブ材は、一枚の石の流れをそのまま見せることができる。
白い脈を連続してつなげる「柄合わせ」も可能で、重厚感や高級感は圧倒的だ。
そのぶん当然価格も高くなる。

一方、国連総会ホールで使われているのは、小さな30cm角の規格タイルだ。
施工性が高く、コストも抑えやすい反面、一枚ごとの色差や模様の違いが目立ちやすい。
深緑だったり、黒に近かったり、白い脈の出方も揃わない。

不動産開発で巨大な一枚石を好んだトランプには、その「タイル割り」が安っぽく見えたのはごく当然のことだった。

だが1950年代のモダニズム建築では、均質すぎない石の反復こそが、美学だったのかもしれない。

ミネソタの大聖堂にも


国連だけではない。
アメリカ・ミネソタ州ミネアポリス・セントポールのセント・ポール大聖堂の玄関ホールにも、ティノス・グリーンが使われている。
この聖堂の内部には9か国から25種類の大理石が集められており、スペインの赤、イタリアの黒、そしてギリシャの深緑が共存している。

石で世界を集めた聖堂の入口を、ティノスの緑が迎える。

島の石が「世界の石」になった理由


ティノス島の人口は約8000人。
観光とカトリック系の聖地(ギリシャ正教の奇跡のイコンで知られるパナギア・エヴァンゲリストリア教会)と、大理石職人の技術で知られる小さな島だ。

この島が世界に送り出した白大理石の職人たちは、19世紀にアテネの近代建築を手がけた。
アカデミー、国立図書館、議事堂——新生ギリシャ国家の顔を作ったのはティノスの職人たちだった。
しかし世界の舞台で最も見られているのは、職人ではなく石そのものだ。

1911年に採掘が始まったグリーンの石は、わずか40年後に世界で最も重要な演壇の石になっていた。
島の白大理石が5000年かけて積み上げた名声とは別の道で、グリーンは一気に「世界の石」になったのだ。

石は語らない、ただそこにある


国連総会ホールでは今日も、世界のどこかのリーダーが演壇に立ち、何かを訴えている。
怒りか、悲しみか、希望か。その言葉がどこへ届くかは、石には関係ない。

ティノス・グリーンは70年以上、ただそこにある。
トランプに「安物」と言われても、世界の核問題を議論する演説を聞いても、動じない。
エーゲ海の小さな島から切り出された深緑の石は、人間の言葉をすべて受け止めて、何も言わない。

それが石というものだ。

実際のティノスグリーンを見る

国連総会ホールの演壇にも使われた、深い緑の石。
光の当たり方によって、黒にも深緑にも見える独特の表情を持っています。

建材ネット|ティノスグリーンはこちら

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石と建築、芸術と歴史にまつわる物語。 世界の石は、ただの素材ではない。 そこには歴史と建築、人間の物語が刻まれている。

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