「千の包囲の街」という異名を持つ街がある。
スペイン北東部カタルーニャ州、フランス国境から30キロ。
テル川、オニャール川、ガリガンス川、グエル川、四つの川が合流する丘の上に、ジェローナという街が2000年以上にわたって立ち続けている。
ローマ人が城塞を築き、
ヴィジゴート族が支配し、
ムーア人が占領し、
カール大帝が奪還し、
ナポレオンが包囲した。
実際に包囲戦を受けた回数は約25回。
「千の包囲」は誇張だが、この街が経てきた歴史の密度は、その言葉に嘘をつかせない。
その街の地面の下から採れるのが、ロサ・ジェローナだ。
淡いピンクから温かみのあるベージュ、オレンジがかった赤まで、複雑な色調が混ざり合う石灰岩。
千年以上の包囲戦に耐えてきた街の岩盤が、この石の産地だ。


ローマ人が最初に目をつけた
ジェローナの石の歴史はローマ時代に始まる。
ローマ人はこの地をゲルンダと名付け、カディスからローマへ続く軍用幹線道路「ヴィア・アウグスタ」沿いの重要拠点として要塞化した。
街の石灰岩は城壁に、神殿に、劇場に使われた。
ローマ帝国崩壊後も街は生き続けた。
ヴィジゴート族の王国の一部となり、711年にはムーア人に征服された。
そして785年、フランク王国のカール大帝がムーア人を追い出し、ジェローナをカタルーニャ14の伯領のひとつとした。
その後も侵略は続いた。
ムーア人は9世紀から10世紀にかけて何度もジェローナを略奪した。
11世紀にはアラゴン王アルフォンソ1世が正式に都市の地位を与えた。
戦乱の中で、街はいつも再建された。
石があったから。
カバラの聖地と、1263年の大討論
中世のジェローナには、もうひとつの顔があった。
9世紀から、ユダヤ人がこの街に定住し始めた。
最初の記録は888年、25家族の存在を示す文書だ。
12世紀には「エル・カル(ユダヤ人街)」が形成され、街の人口の約10%をユダヤ人が占める時代もあった。
商人、職人、哲学者、詩人、ユダヤ人コミュニティはジェローナの中世の黄金時代を支えた。
13世紀、このカルからヨーロッパで最も重要なカバラの学校が生まれた。
その中心にいたのがナフマニデス、ラビ・モシェ・ベン・ナフマン・ジローンディ、通称ラムバンだ。
1263年、
アラゴン王ジャウメ1世はバルセロナで前代未聞の公開討論会を催した。
テーマは「ユダヤ教とキリスト教、どちらが真の宗教か」。
キリスト教側の代表はユダヤ教から改宗した修道士パウ・クリスティア。
ユダヤ教側の代表として王みずからナフマニデスを指名した。
討論は4日間続いた。
ナフマニデスは論理と学識でキリスト教側を圧倒し、勝利したとされる。
王は負けたナフマニデスに金貨300枚を贈り、安全を保証した。
しかし教会は激怒した。
ナフマニデスは後に著述の中で討論の内容を書き記し、これが「神を冒涜した」として告発された。
彼はジェローナを去り、パレスチナへと亡命し、エーカーで生涯を終えた。
そして1492年。
フェルナンドとイサベルの「追放令」により、600年以上ジェローナに暮らしてきたユダヤ人たちは全員この街を去った。
カルの石畳だけが残った。
2000年、
ユダヤ歴史博物館がエル・カルの中心に開館した。
2014年には中世のユダヤ人儀式浴場(ミクヴェ)が発見された。
ヨーロッパで数少ない現存するユダヤ人儀式浴場のひとつだ。
600年の記憶が、石の下に眠っていた。
ナポレオンが7か月かけても落とせなかった街
1808年。
ナポレオンのグランダルメがスペインに侵攻した。
バルセロナ、サン・セバスティアン、パンプローナを次々と制圧した後、フランスとスペインを結ぶ幹線道路を押さえるためにジェローナへ向かった。
最初の包囲は1808年6月 撃退された。
二度目の包囲は同年7月から8月、これも撃退された。
三度目の包囲は1809年5月から始まった。
3万2000人のフランス軍とヴェストファーレン軍が街を取り囲んだ。
守るジェローナ側は正規兵と民兵合わせて約9000人。
街は7か月持ちこたえた。
司令官マリアノ・アルバレス・デ・カストロは戦い続けた。
市民も、聖職者も、女性も戦った。
「ジェローナの乙女たち(ドネス・デ・ジェローナ)」と呼ばれる女性部隊が城壁の補修と補給を担った。
しかし包囲が長引くにつれ、疾病と飢えが街を蝕んだ。
12月12日、街はついに降伏した。
降伏時、街に残っていた守備隊はわずか1600人。
ほとんどが病人と負傷者だった。
司令官カストロは捕虜となり、翌年獄中で死亡した。
スペインはこの包囲戦を独立戦争の象徴として称え、カストロは国民的英雄となった。
ジェローナの中央広場「プラサ・デ・ラ・インデペンデンシア(独立広場)」には今も、1808〜09年の包囲戦の英雄たちを讃える記念碑が立っている。

ゲーム・オブ・スローンズが選んだ「中世の街」
現代のジェローナは、別の顔でも知られている。
世界的ドラマ「ゲーム・オブ・スローンズ」のロケ地として、ジェローナの旧市街が選ばれた。
石畳の路地、中世の城壁、大聖堂の階段
「千の包囲の街」の石造りの景観が、ドラマの架空都市ブラーヴォスとして世界中のファンに知られることになった。
2000年以上前のローマ人が築いた城壁の石。
カバラの聖地を歩いたユダヤ人哲学者の足跡。
ナポレオンの大軍に7か月抵抗した市民たちの血。
そして今、世界中のドラマファンが撮影する自撮りの背景。
ジェローナの石は、時代ごとに違う役割を担ってきた。
ピンクの石が語らないこと
ロサ・ジェローナは、その名の通りピンクの石だ。
温かみのある色調は内装材として人気が高く、床・壁・カウンタートップに使われる。
磨き上げると柔らかな光沢が生まれ、空間に穏やかな明るさをもたらす。
しかし採掘場の地下には、ローマの城塞の基礎が眠っている。
かつてカバラの哲学者が歩いた石畳と同じ地層が続いている。
ナポレオンの砲弾が飛び交った城壁と同じ岩盤から切り出されている。
石は何も語らない。
ただ、千の包囲に耐えた街の地面から、静かにピンクの光を放っている。




















