数トンの岩を、傷つけずに、精密に、急斜面の山腹から切り離し、麓まで運ぶ。
ローマ人がカッラーラで採掘を始めた紀元前1世紀から今日まで、この根本的な問いに対して人類は時代ごとの答えを出し続けてきた。
その答えの変化が、カッラーラの山の形そのものを変えてきた。

ローマ時代、ノミと楔と、重力
ローマ人の採掘道具は単純だった。
鉄のノミ、鉄槌、木の楔、それだけだ。
まず岩の自然な亀裂を読む。
「タリアータ」と呼ばれる切れ目を慎重に入れ、そこに木の楔を打ち込む。
楔に水を注ぐと木が膨張し、岩が少しずつ割れる。
この方法で岩盤から大きなブロックを分離させた。
分離したブロックを斜面の下まで運ぶのは、また別の技術だ。
「リッツァドーレ」と呼ばれる丸太のレールを斜面に敷き、石ブロックを滑り降ろした。
牛が引き、奴隷が押し、石は麓へ向かった。
ルニ港まで届いた石は船に積まれ、地中海を渡ってローマへ運ばれた。
この方法で、パンテオンの柱が、トラヤヌス帝の記念柱が作られた。
気の遠くなるような手仕事だった。

中世からルネサンス、牛と橇の時代
中世の採掘技術はローマ時代とほとんど変わらなかった。
楔とノミの基本は同じで、ただ鉄の品質が少し良くなった程度だ。
変わったのは輸送だ。
ミケランジェロが22歳でカッラーラを訪れた15世紀末、石の輸送は「リッツァ」と呼ばれる橇(そり)と、牛の組み合わせで行われていた。
石ブロックを木製の橇に乗せ、牛数頭が引っ張りながら、急峻な山道を下った。
ブレーキは存在しない。
数トンの石を乗せた橇が暴走すれば、牛も人も命はない。
ミケランジェロ自身の書簡には、石の輸送に関する苦労が繰り返し登場する。
「石が到着しない」「船頭が石を受け取らない」「橇が壊れた」
世界最高の芸術家が、物流の問題と格闘し続けていた。
ルネサンスの彫刻の美しさの背後には、牛と橇と急斜面の苦闘があった。
18〜19世紀、火薬の登場と「ヴァラータ」の悲劇
18世紀、採掘に火薬が導入された。
これは革命的な変化だった。良い意味でも、悪い意味でも。
「ヴァラータ」と呼ばれる爆破採掘は、岩盤に穴を開けて火薬を詰め、爆発の力で大量の石を一気に崩す方法だ。
作業効率は飛躍的に上がった。
しかし問題があった。
爆発は石を選ばない。
貴重な白い大理石ブロックが爆発の衝撃で粉砕され、大量の廃石が出た。
爆破採掘では採掘量の70%近くが廃棄物になることもあったとされる。
さらに爆破は採石場を不安定にした。
崩落事故が多発した。
19世紀のカッラーラでは採石場の事故死が日常的な出来事だった。
前話(第62話)でアナキズムが根付いた理由のひとつがここにある。
命がけの仕事に対して、報酬と安全が伴わなかった。
火薬はまた、山に深刻な傷跡を残した。
爆破で削られた採石場の断崖は、時間とともに不安定になり、大規模な崩落を引き起こすことがあった。
「効率的な採掘」が、山そのものを傷めていった。

20世紀、ヘリコイダルワイヤーソーの革命
転機は20世紀初頭に訪れた。
「ヘリコイダルワイヤーソー(螺旋ワイヤー鋸)」の登場だ。
鋼鉄のワイヤーを高速で回転させながら岩盤に当て、水と砂(研磨剤)を使って少しずつ切断する。
爆破と違い、振動が少なく、精密な切断ができる。
ブロックの品質が劇的に向上した。
廃石の量も減った。
このワイヤーソーの登場は、採石場の景観を変えた。
爆破採掘で不規則に崩れていた採石場の壁が、ワイヤーソーによって垂直に切り立った断崖に変わった。
カッラーラの採石場の写真に見られる、あの白く切り立った巨大な壁、それはワイヤーソーが生み出した景観だ。

1970年代、ダイヤモンドワイヤーソーが山を変えた
そして1970年代後半、カッラーラの採掘技術に最大の革命が起きた。
ダイヤモンドワイヤーソーの導入だ。
鋼鉄ワイヤーにダイヤモンド粒子をちりばめた「パール」を取り付けたこの切断工具は、従来のワイヤーソーをはるかに超える切断速度と精度を実現した。
98%の精度でブロックを切り出すことが可能になり、廃石の量が激減した。
より大きなブロックが、より速く、より安全に採掘できるようになった。
採掘量は爆発的に増大した。
2024年現在、カッラーラ地区の年間採掘量は約140〜150万トン。
アクティブな採石場の75%でダイヤモンドワイヤーソーが稼働している。
ダイヤモンドワイヤーソーは採石労働者の命を守った。
爆破採掘に比べて事故が劇的に減った。しかし同時に、山が削られる速度を何十倍にも引き上げた。
ローマ人が2000年かけて削ってきた量を、現代の機械は数十年で凌駕しようとしている。

現代、自動化と、新たな矛盾
今日のカッラーラ採石場では、CNCプログラムで制御されたワイヤーソー、ドローンによる採石場の測量、大型フロントローダーが山を削り続けている。
自動化が進み、肉体労働の量は15%減少した。
しかし新たな問題が生まれた。
機械を操作する専門技術者が足りない。
ノミと楔で石を割ったローマの奴隷から、ダイヤモンドワイヤーとドローンを操るCNC技術者まで。
カッラーラの採掘を支える人間像は、2000年でここまで変わった。
しかし変わらないことがある。
山から石を切り出すという行為そのものだ。
道具が変わり、速度が変わり、精度が変わった。
しかしビアンコカララの白い山は今日も削られ続けている。
それだけは、ローマ時代から一度も変わっていない。




















