しかし同じ高原から、もうひとつの産物が生まれていることを知る人は少ない。
ペルリーノ・ロザート、ローザ・ペルリーノとも呼ばれ、現地ではローザ・アシアーゴとも呼ばれるこの石は、ヴェネト州ヴィチェンツァ県アシアーゴ高原で採掘されるピンクがかった石灰岩だ。
なお同じ高原には「ロッソ・アシアーゴ」という別の赤い石もあるが、ペルリーノ・ロザートはより淡いピンク。
夕暮れ前の空のような、くすんだローズ色だ。
灰色がかった白い脈が走り、磨き上げると上品な光沢が生まれる。
ヴェネツィアの建築家たちはこの石を長年にわたって愛用し、窓や扉の周囲を白い石で縁取る際の主役素材として使い続けてきた。
淡いピンクと白の組み合わせがヴェネツィアの街並みに溶け込み、静かな品格を生み出している。

同じ高原で、チーズと石が生まれる
アシアーゴ高原は、イタリア北東部ヴェネト州の山の上に広がる台地だ。
ヴィチェンツァから北へ約60キロ、アルプスの麓に位置する「セッテ・コムーニ(七つの集落)」と呼ばれる地域の中心がアシアーゴの町だ。
この高原に古代バイエルン系の遊牧民族チンブリ人が定住したのは先史時代のことで、10世紀頃から彼らは余った牛乳を保存するためにチーズを作り始めた。
それがアシアーゴ・チーズの起源だ。
現在は欧州連合の原産地名称保護(DOP)を取得し、「本物のアシアーゴ」は厳密に定められた産地でしか作れない。
同じ高原の地面の下から、ペルリーノ・ロザートが採れる。
冬の豪雪のために採石場は寒い季節には閉鎖される——チーズの高原は、石の高原でもある。
世界中の食卓で食べられているチーズと、世界中の高級建築を飾る石が、同じ山の上から生まれている。

「懲罰遠征」と呼ばれた戦い
しかしアシアーゴ高原には、チーズと石の話だけでは語りきれない歴史がある。
1916年5月15日。
夜明け前から、2,000門のオーストリア砲が一斉に火を噴いた。
オーストリア=ハンガリー帝国軍は、この攻勢に「シュトラーフェクスペディツィオン(懲罰遠征)」という名をつけた。
三国同盟を離脱してドイツ・オーストリア側を裏切ったイタリアへの「懲罰」という意味だ。
50キロにわたる前線でオーストリア軍はイタリア軍の防衛線を突破し、ヴィチェンツァまで約30キロまで迫った。
イタリアは崩壊寸前だった。
しかし同じ頃、東部戦線でロシア軍がオーストリア領内に進攻(ブルシロフ攻勢)し、オーストリアは兵力をアシアーゴから引き上げざるを得なくなった。
「懲罰遠征」はそこで止まった。
その後も高原での戦いは続き、1918年まで繰り返された。
チーズと石の産地は、3年以上にわたって最前線だった。
ヘミングウェイがここで戦い、ヴェラ・ブリテンの兄がここで死んだ
アシアーゴ高原には、二人の作家の記憶が刻まれている。
アーネスト・ヘミングウェイはイタリア戦線に従軍し、このアシアーゴ高原で戦った。
後に『武器よさらば』を書くことになるヘミングウェイにとって、アシアーゴは原体験の地のひとつだ。
もうひとりはエドワード・ブリテン。
イギリスの作家ヴェラ・ブリテンの兄だ。
ヴェラは第一次大戦の記録『青春の証言(Testament of Youth)』を著した人物で、婚約者、親友、そして兄という三人の大切な人を戦争で失った。
兄エドワードは1918年、アシアーゴ高原で戦死した。
高原の麓のグラネッツァ英国軍墓地に埋葬された。
1970年、老いたヴェラは亡くなり、遺言通り彼女の遺灰が兄の墓に撒かれた。
チーズの高原に、二人の作家の戦場体験が眠っている。

5万人の遺骨が眠る記念館
アシアーゴの町の丘の上に、サクラリオ・ミリターレ・ディ・アシアーゴ(アシアーゴ軍事納骨堂)がある。
1938年に建設されたこの記念館には、アシアーゴ高原の戦いで命を落としたイタリア兵とオーストリア=ハンガリー兵、合わせて5万人以上の遺骨が安置されている。
敵味方を問わず、同じ場所に。石造りの重厚な建物の内部は静謐で、訪れる者を圧倒する。
チーズを作り、
石を採り、
天文台から宇宙を見上げるこの高原の丘に、
5万人分の死が静かに積み重なっている。

戦場の上で、星を見る
1942年、
アシアーゴに天体物理学観測所が建設された。
パドヴァ大学が運営するこの観測所は、ガリレオ望遠鏡を擁し、当時ヨーロッパ最大の観測施設だった。
激戦地だった高原が、星を見上げる場所になった。
空気が澄み、街の灯りが少ないアシアーゴの夜空は、今も天文観測に最適とされている。
チンブリ人の遊牧民が羊を飼った高原。
アシアーゴ・チーズが生まれた高原。
ペルリーノ・ロザートが採れる高原。
ヘミングウェイが戦い、5万人が死に、
ヴェラ・ブリテンの遺灰が撒かれた高原。
そして今、星を見上げる高原。
淡いピンクの石は、これほどの記憶を持つ山の地面の下から切り出される。
磨き上げると上品な光沢を放つその表面に、高原の歴史は何も刻まれていない。
ただ静かに、美しい。





















