【大理石の物語 47】「光の都市」が生んだロッソ・アリカンテという赤い石

まず、正直に言わなければならないことがある。

ロッソ・アリカンテは、厳密には「大理石」ではない。

商業的には世界中で「マーブル」として売られているが、欧州規格の地質学的定義では石灰岩に分類される。
変成作用を受けていない堆積岩であり、大理石の定義を満たさないというのが正確なところだ。
しかし業界では慣例的に「大理石」と呼び続けており、日本でも「ロッソ・アリカンテ(赤いアリカンテ)」あるいは「ロッホ・アリカンテ」の名で大理石として流通している。
このシリーズでもその慣例に従って書き進めるが、まずその事実を記しておく。

石の嘘を一枚剥がしたところで、本題に入ろう。
ロッソアリカンテ スラブ材

1000年に、1〜2ミリしか積もらなかった


ロッソ・アリカンテの産地はスペイン東部、バレンシア州アリカンテ県だ。
採石場はアバニラ(ムルシア州)のエル・カントンとモノバル(アリカンテ県)のカバラサ山という二か所に集中している。

石の赤さの秘密は、ジュラ紀中期の海底にある。

約1億7000万年前、この地域はテチス海の底だった。
普通の海底なら堆積物が年々積み重なるが、ここでは堆積がほぼ止まっていた。
底生動物が絶えず堆積物をかき混ぜ、酸素が豊富で温かい海水が鉄分を酸化させ続けた。
その結果、1000年でわずか1〜2ミリという極めて薄い地層しか形成されなかった。

1ミリの地層を作るのに500年。

その気の遠くなるような時間の中で、アンモナイトとベレムナイトの化石が石の中に閉じ込められ、酸化した鉄分が石を赤く染めた。
ロッソ・アリカンテの深みのある赤は、気の遠くなる時間の産物だ。
白い方解石の脈は、後の時代に割れ目に沁み込んだ石灰分が再結晶したものだ。
赤地に白い脈、その鮮烈なコントラストが、この石の最大の特徴になった。

ハンニバルの父が作った街


アリカンテという街の歴史は、石と同じくらい古い。

紀元前6世紀頃、フェニキア人とギリシャ人がこの地中海沿岸に交易拠点を作り始めた。
そして紀元前3世紀、カルタゴの将軍ハミルカル・バルカがこの地に要塞を築いた。
「アクラ・レウカ(白い岬)」ハミルカルが名付けたその要塞が、現在のアリカンテの原点だ。

ハミルカル・バルカの息子が、あのハンニバルだ。
ローマ軍を震え上がらせ、アルプスを象とともに越えた伝説の将軍。
その父が作った街の地下に、ロッソ・アリカンテが眠っていた。

やがてローマがカルタゴを退け、アクラ・レウカは「ルケントゥム(光り輝く)」というラテン語名のローマ都市になった。

ローマはここを700年以上支配した。

ルケントゥムの遺跡は今もアリカンテ郊外のトッサル・デ・マニセス遺跡として残っており、訪れることができる。

ムーア人が「光の都市」と名付けた


8世紀、ムーア人(北アフリカのイスラム勢力)がイベリア半島に渡ってきた。
ローマ帝国の後を継いだ西ゴート族も彼らを止められず、アリカンテはイスラムの支配下に入った。

ムーア人はこの地に米、オレンジ、棕梠をもたらした。
精緻な灌漑技術が乾いた土地を豊かにし、建築と芸術が花開いた。
山の上にサンタ・バルバラ城の原型となる要塞を築き、街をアラビア語で「アル・ラカント」と名付けた。

「アリカンテ」という現代の地名は、このアラビア語に由来する。

その意味は「光の都市」だ。

光の都市の地下から採れる石が、深みのある赤だというのは、なんとも対照的だ。

スペイン王宮とムルシア大聖堂を飾った


1246年、カスティーリャ王アルフォンソ10世がレコンキスタ(国土回復運動)でアリカンテをムーア人から奪還した。
その後アラゴン王家の支配を経て、15〜16世紀にはスペイン帝国の一部として地中海貿易の重要拠点となった。

ロッソ・アリカンテの採掘が文献に初めて登場するのは1764年だが、実際の採掘はそれより数十年、場合によっては数世紀前から行われていたと推定されている。
18世紀には採掘が急激に活発化し、この時代のスペインを代表する二つの建物にこの石が使われた記録がある。

ひとつはムルシア大聖堂。
スペインのバロック建築を代表するファサードで知られるこの大聖堂の内部に、ロッソ・アリカンテが使われた。

もうひとつはマドリードのスペイン王宮(1735〜1764年建設)だ。
スペイン・ブルボン朝の王たちが暮らしたこの宮殿に、アリカンテの赤い石が届いた。

光の都市の地下の赤が、王たちの宮殿を飾った。
ムルシア大聖堂
マドリードのスペイン王宮

赤の意味


西洋の色彩象徴において、赤は権力、血、情熱、危険を意味する。
王宮や大聖堂がこの石を選んだのは、その赤が持つ力を知っていたからだろう。

しかしロッソ・アリカンテの赤は、権力とは無関係に生まれた。
テチス海の底で、動物たちが堆積物をかき混ぜ続け、鉄が錆び続け、1000年に1〜2ミリずつ積もり続けた。
その気の遠くなる時間の堆積が、あの深みのある赤を作った。

ハンニバルの父が作った街の地下で。
ムーア人が光の都市と呼んだ場所の岩盤の中で。

石は1億7000万年前からそこにあった。

人間の歴史など、石にとってはほんの一瞬だ。

ロッソ・アリカンテは、スペイン・アリカンテ地方を代表する赤色系石材です。 深みのある赤と白い脈のコントラストが特徴で、古くから宮殿や大聖堂にも使われてきました。

ロッソ・アリカンテを見る

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