【大理石の物語 108】トラバーチン特集 第7話 サクレ・クールと、雨で白くなる石

雨は、建物を古くする。


石の隙間に入り込み、汚れを運び、長い年月をかけて表面を黒ずませていく。
ところが、パリには雨が降るたびに、白さを取り戻すといわれる建物がある。

モンマルトルの丘に立つ、サクレ・クール寺院である。

パリの街を見下ろす丸いドームは、完成から百年以上を経た今も白い。
同じパリの石造建築が、すすや排気ガスをまとって灰色へ変わっていくなか、この聖堂だけは、まるで雨に洗われて生まれ直すような白さを保っている。

その秘密は、建物を覆う石にある。
サクレ・クール寺院

敗戦のあとに建てられた白


サクレ・クール寺院の建設が決まったのは、1873年のことだった。

フランスは普仏戦争に敗れ、パリでは政府軍とパリ・コミューンが激しく衝突した。戦争と内乱の傷が残るなか、カトリックの信徒たちは、国家の贖罪と精神的な再生を願う聖堂を建てようとした。

1875年、モンマルトルの丘に最初の礎石が据えられた。 設計を担った建築家ポール・アバディが選んだのは、パリで古くから使われてきた一般的な石灰岩ではなかった。

パリの南東、セーヌ・エ・マルヌ県のスー=シュル=ロワン周辺から切り出される、シャトー・ランドン石灰岩だった。

聖堂は長い工事期間を経て1914年にほぼ完成したが、第一次世界大戦によって献堂は延期され、1919年になってようやく正式に聖別された。

敗戦と混乱のあとに計画された白い聖堂は、完成したときには、もう一つの戦争をくぐり抜けていたのである。
シャトー・ランドン石灰岩

トラバーチンなのか


サクレ・クールの石は、観光案内や建築の記事のなかで、しばしば「トラバーチン」と紹介される。
炭酸カルシウムを主成分とし、水との関わりによって表面に白い層を作る。その性質は、温泉水から炭酸カルシウムが析出して生まれるトラバーチンを思わせる。

しかし地質学的には、ティヴォリやパムッカレの温泉性トラバーチンと、まったく同じ生い立ちの石ではない。
シャトー・ランドン石灰岩は、古い湖のなかに炭酸カルシウムが堆積して生まれた、湖成石灰岩に分類されている。

片方は、温泉が地表で息を吐くようにして積み重ねた石。
もう片方は、かつて存在した湖の底で静かに堆積した石。

生まれた場所も仕組みも同じではない。

けれど、どちらも水が炭酸カルシウムを運び、積み重ねて作った石であるという点では、遠い親戚のような関係にある。

サクレ・クールを「トラバーチンの建築」と言い切るよりも、トラバーチンに近い性質を持つ、水が生んだ白い石の建築と考える方が正確なのだろう。

洗われ続ける贖罪の丘


サクレ・クールの白さには、石材の性質を超えた意味が重なって見える。
戦争の敗北と内乱のあと、贖罪と再生を願って建てられた聖堂が、雨のたびに白い膜を作り、自らを洗い直すように立ち続けている。

もちろん、それは建築家が作った象徴ではない。
炭酸カルシウムと雨水が起こす、石の自然な反応にすぎない。

それでも、汚れをまといながら、また白さを取り戻す石の姿は、この聖堂が託された願いと奇妙なほどよく響き合っている。

パリの街が時間とともに変わり、建物が黒ずみ、世代が入れ替わっても、モンマルトルの丘の上では、雨が降るたびに白い表面が静かに作り直されていく。

水が作り、水が白くする


トラバーチン特集は、温泉が石を作るという話から始まった。
ティヴォリでは、温泉が数万年をかけて石の鉱床を作った。
ローマでは、その石が都市の骨格を支えた。
ベルニーニの時代には、伝書鳩が採石場へ注文を運んだ。
パムッカレでは、今日も新しい石灰の層が生まれ続けている。
ロサンゼルスでは、ティヴォリの石がゲッティセンターの丘を覆っている。

そしてパリでは、水が生んだ白い石が、雨に触れるたびにその表面を作り直している。

石は、完成した瞬間から何も変わらないものではない。
水に濡れ、空気に触れ、少しずつ溶け、また固まりながら、建物となったあとも変化を続けている。

サクレ・クールが白いのは、時間が止まっているからではない。
雨のたびに、石がわずかに変わり続けているからである。

水が石を作り、
水が石を洗い、
水がもう一度、白い表面を作る。

モンマルトルの丘に立つ白い聖堂は、石が過去の遺物ではなく、今も変わり続ける存在であることを、雨が降るたびに静かに示している。 洗われ続ける贖罪の塔 この寺院がまとう白さは、単なる美観以上の意味を帯びている。戦争の敗北と内乱への贖罪として建てられた建物が、時を経るごとにすすを寄せつけず、雨のたびに自らを洗い清めていく。石そのものの化学的な性質にすぎないとはいえ、この偶然の一致は、贖罪という建設の動機と奇妙に響き合っている。 パリの多くの建物が時間とともに汚れ、黒ずんでいく中で、この一つの丘の上だけは、雨が降るたびに新しく生まれ変わったような白さを取り戻す。石は語らないが、その表面はいつも、まるで洗われたばかりのように輝いている。

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