【大理石の物語 38】ローマ市民が最も嫌った建物の石、ボテチーノ・クラシコ

ローマ市民がこの建物を「タイプライター」と呼ぶとき、そこに愛情はない。

ピアッツァ・ヴェネツィアに白く輝く巨大建造物、ヴィットリアーノ(ヴィットリオ・エマヌエーレ2世国家記念碑)。

高さ70メートル、幅135メートル。外国人観光客は「ウェディングケーキ」と呼び、ローマ市民は「タイプライター」と呼び、また別の人々は「入れ歯」とも「ズッパ・イングレーゼ(イタリアのトライフルケーキ)」とも呼ぶ。

愛称の多さが、この建物への複雑な感情を物語っている。

その全身を覆う石が、ボテチーノ・クラシコだ。
ヴィットリアーノ(ヴィットリオ・エマヌエーレ2世国家記念碑)
ボテチーノクラシコ

ブレシアの足元から、2000年


ボテチーノ・クラシコはイタリア北部ロンバルディア州、ブレシア県の小さな町・ボテチーノで採掘される。
アルプスの麓、ブレシア市街の東に広がる採掘地帯には約100か所の採石場があり、そのうちクラシコ(最高品質)と認定されるのはわずか12か所だ。

石の歴史は約1億9000万〜6000万年前に遡る。
中生代の浅い熱帯の海の底で、石灰質の泥が長い時間をかけて堆積し、圧縮され、再結晶化した。
その過程で海中の生物の痕跡が石の中に閉じ込められ、アイボリーの地色に茶色や金色の脈と斑点という、ボテチーノ独特の表情を生み出した。

ローマ人はすでに紀元前1世紀にこの石を使っていた。
ローマ・フォルムの柱頭にボテチーノが使われた記録がある。

ローマ帝国が建てた古代都市ブリクシア(現在のブレシア)もこの石で作られた。
2000年以上にわたって採掘され続けているこの石は、イタリアでカッラーラに次ぐ石材産地の誇りだ。

石材大臣の「地元びいき」疑惑


1885年。
イタリア統一の初代国王ヴィットリオ・エマヌエーレ2世を称える国家記念碑の建設が決まった。
設計競技でジュゼッペ・サッコーニの案が選ばれ、ローマのカピトリーノの丘に隣接する場所に建てることが決まった。

問題は素材だった。

ローマで古来から使われてきたのはトラバーチン(石灰華)だ。
コロッセオも、サン・ピエトロ広場の柱廊も、トラバーチンで作られている。
設計者のサッコーニも当初はトラバーチンを提案した。

しかし最終的にボテチーノが選ばれた。

この決定が1889年、大臣ジュゼッペ・ザナルデッリによるものという説が根強い。
ザナルデッリはブレシア出身だった。
国家最大のモニュメントに地元の石を採用した。
「地元びいき」なのか、石の品質を正当に評価したのかは、今も定かではない。

いずれにせよ、ローマの街に真っ白なボテチーノの巨大建造物が現れることになった。
コロッセオ

ローマ市民の怒り


問題は石だけではなかった。

ヴィットリアーノを建設するため、カピトリーノの丘の北側にあった中世の街区が丸ごと取り壊された。
2000年以上続いた丘からのローマ市街の眺望が、この白い巨大建造物によって永遠に失われた。

コロッセオもローマ・フォルムも、ピアッツァ・ヴェネツィアから見えなくなった。

1911年の完成から批判は絶えなかった。
白いボテチーノは周囲の古代・中世・バロックの建造物と全く調和しない。

大きすぎる。装飾が多すぎる。層を重ねた外観が「ウェディングケーキ」に見える。
コルニスとキーの並びが「タイプライター」に見える。

1986年には正式な「裁判」まで開かれた。
知識人や批評家がパラッツォ・ヴェネツィアに集まり、ヴィットリアーノを「周囲の街並みに対して異質で圧迫的」として解体を求めたのだ。

裁判所は解体の申請を退けた。
石は今も白く輝いている。

自由の女神の台座と、グランドセントラル駅と


「タイプライター」と呼ばれながらも、ボテチーノ・クラシコの評価は世界では揺るぎない。

ニューヨークのグランドセントラル・ターミナル。自由の女神の台座。
そしてヴィットリアーノ、ボテチーノは今日も「ボテチーノで建てられた最大の建造物」として、ローマの空に白く立ち続けている。

さらに彫刻家アントニオ・カノーヴァがこの石を最も好んだ大理石のひとつとして選び続けた。
可塑性と耐久性を兼ね備えたボテチーノは、繊細な彫刻にも風雨にさらされる屋外建築にも対応できる。

低い吸水率と高い圧縮強度、職人が「耳を当てて石を叩き、鈴のような音がすれば健康な石、くぐもった音がすれば割れがある」と確認するほど、内部の状態が音に出やすいのもこの石の特徴だ。

「偽ボテチーノ」との戦い


ボテチーノの名前には、もうひとつの問題がある。

世界市場では、トルコやイランなど他の産地のベージュ系石材が「ボテチーノ」の名で販売されてきた。
見た目が似ているが、品質は本物とは異なる。
本場の生産者たちにとっては死活問題だ。

そこで2005年、ボテチーノの生産者たちは石材業界として世界初の原産地呼称登録を行い、「マルモ・ボテチーノ・クラシコ」の集団商標を取得した。
ワインのDOCのような仕組みで、産地と品質を証明するラベルを石に貼ることができる。

2000年以上かけて築いてきた名前を、石の世界でも守ろうとしている。
ヴィットリアーノ(ヴィットリオ・エマヌエーレ2世国家記念碑)

嫌われながら、立ち続ける


ヴィットリアーノは今も、ローマ市民に複雑な感情を抱かせ続けている。
「タイプライター」と呼ばれながら、毎年何百万人もの観光客が訪れる。
屋上テラスからはローマ市街が一望でき、それだけのために登る価値があると言う人も多い。

1921年からは無名戦士の墓が置かれ、永遠の炎が燃え続けている。
第一次世界大戦で戦場に散ったイタリア兵を象徴する墓だ。
「タイプライター」の中心で、炎は消えない。

ボテチーノ・クラシコは今日も、嫌われながら愛される建物を、白く支えている。
石は何も言わない。
ただ、2000年前からそこにあり続けてきた、いつものように。

ボテチーノ・クラシコは、イタリアを代表するベージュ系大理石として、建築や彫刻の世界で2000年以上使われ続けている。

ボテチーノ・クラシコを見る

ボテチーノ・クラシコが使われた建築を見る

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